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美容室ラプソディ

 美容師はなぜドライヤー中に話しかけてくるのだろう。

 美容室というものは、なんであんなにも恥ずかしいのか。

 

 三十路を超える。どうも本当の年齢を口に出すことに些かの躊躇いを覚える今日このごろだ。

 この年齢でこの記事を書き、心情を世間様に晒し上げるのもかなり恥ずかしいとは思うのだけれど、これは匿名記事だからと言い聞かせてこの記事を書いている。

 

 前提として、自分はおしゃれではない。

 ちょっと頑張って総計6〜7万くらいの全身コーデをしても特に周囲のリアクションは得られないけれど、下をジーパン、上をユニクロのTシャツとパーカーで飲み会に行ったら「いいなそれ」と言われる始末である。
多分、買い物、およびファッションセンスが壊滅的にないのだと思う。

 

 今もユニクロ様々である。今年もありがとうヒートテック。

 

 思い返せば高校生のときにできた彼女にやたらファッションに関して厳しく詰められた覚えがある。
 こっちはそんなに興味がないのに、厳しくいろんな服やら色合いやら、シルエットやらに気を遣うよう言うのだ。

 中学生のときに気を遣ったのは髪の毛程度だったせいで、気を遣うのがそもそもストレスになってしまった。
 現在もあまり気を遣えないのはこの時期のせいか、はたまた自分がそもそもファッションに興味がないのか。

 自分は後者だと思っている。

 

 そんな人が美容院に通うのは変かもしれない。けれど大人になるにつれ身だしなみを整えるのはマナーの範疇になる。

 実際床屋でもいいのかもしれない、あのヒリヒリする髭剃りが恋しいときが頻度高くある。
 けれど、自分が楽だと思い、それに従って行動するだけでは生きづらくなる場合も多々あるのは三十年も生きていればわかる。

 

 父親の友人は理髪店勤務で、小学生の頃はよく切ってもらっていたけれど、やはり感覚は昭和になる。

どうしても古臭い、障子や畳の臭いが抜けないのだ。

 

「(髪型の)シルエットが三角の方がええやろ?」

 そんな単純な話ではないよ、多分。

 

 高校生のときに「床屋はダサい」みたいなイメージがつきまといだした。アラサーならわかってくれると信じたいところだ。

 最初に美容室に入ったのはその頃だったと思う。

 

「友人を紹介すると半額」

 

 みたいなことを謳っていた高校の近くの美容室に、友人に誘われるがまま初めて足を踏み入れた。それがちゃんとした美容室デビューだったと思う。

 その前には「美容室」という看板だけついた店に彼女に連れられて行った覚えがある。

 そこは安く切ってもらえる代わりにシャワーをしない。切ってブローで飛ばして終了だ。今は珍しくないとは思うけれど要QBハウスの方式である。

 

 それを美容室のおっちゃんおにいさんに話すと、手を叩いて大笑いされた。シャワーせず、そのまま帰宅させられるという点が当時の美容師のツボだったらしい。わからん。

 

 半額になるのは初回限定だったので、正直大した違いも見いだせなかった自分はその後もそのQBハウス方式の美容室に通い詰めた。

 実際1000円ちょっとで切ってもらえるし、仕上がりにそこまで文句がなかったというのもある。自分が高校生の美意識なんて、畢竟そんなものだった。

 

 とはいえ、大学生になると流石に身なりに気を遣わないわけにもいかなくなってきた。それから床屋に通ったのは就活前の一度だけだったと思う。

 

 通っていた美容室が潰れただとか、担当してくれていた美容師が飛んだとか、住所的に通うのが難しくなったとか転々はしたけれど、最近通っている美容室には3年くらい同じところの同じ人に切ってもらっている。

 仕上がりも基本的には満足だし、多少不満点があったとしても、次回には修正してくれる。その修正点をそこまで気を遣わずに伝えられるのもありがたい。

 

 そんな経緯で現在は美容室通いだ。ラジオで投稿されるネタメールの美容室あるあるに共感する日々である。

 なぜ美容師はドライヤーの最中に話しかけるのか、聞こえないって。
 髪の毛を濡らしたあとはなぜあそこまで禿げ上がってしまうのか。
 シャワーを終えて上体を起こすとき、いつになったら力の入れ方の正解がわかるのか。

 

 別に文句ではない。ただ、めちゃくちゃリラックスできる空間かと問われると、そうではないかも、と思うのが今の実感である。

 いや、たしかに最初に門を叩いたときよりは圧倒的に居心地は良い。三年近くも通っていればそれも当然だろうが。

 実際結構話すようになったし、美容師も同性の同世代だから話も合う。

 ただ、話が合いだしたら合いだしたで、帰ったあと「話しすぎたか……?」と思ってしまうのもまた悩みの種である。

 

 そもそもだけれど、美容師はお洒落なのである。
 ファッションに気を遣うことが趣味、もとい、モチベーションみたいな人種である。上記の通り、自分は全く違うのだ。

 

 美容興味ない勢というのはもうユニクロが最高なのである。

 目立たない、かと言って変でもない。そういう服であればなんでもいいのだ。美容、外見を取り繕うのは後手後手に回る。

 しかし、美容師はそうではない。現在担当している人は服しか置いてない部屋が一つあるような人である。すごいんだけど。

 最先端を取り入れて美容を楽しむ存在が美容師である。だから自分は流行に疎い、そして興味もない。

 

 よく切る前に要望を聞かれる。

 

「今日はどのくらい切りますか?」
「いや、まあ、伸びた分で……」
「横はどうしますか?」
「ああ、じゃあまた長めに刈り上げて……」
「襟足はどうしますか?」
どうしたほうがいいですか?」

 本音はどうでもいいのだ。
 だってどういうのが格好いいとかわからない。どっちがいいとかも! 好みとか正直そこまで強くはない! ……と思う。

 変じゃなければいい、セットが難しくなければいい。
 けれど、要望を出さないのもなんか何も考えていないみたいで申し訳ないし、でも実際大して考えてないからしょうがないのだけれど。

 

 施術開始。割と話すようにはなったと思うけれど、美容師って何を考えて話題を振っているのだろうか。

「お客様をリラックスさせるために話をする」と、実際に専門学校で学ぶらしいんだけど、場合によってはもう何も話さないほうがいいまである。
 話すの苦手だけど、美容室でおしゃれな髪型にしたいって人もめちゃくちゃいるだろうし。

 

 今はだいぶ信頼関係も築け、そんなに気を遣わず会話はするけれど、上手く返答できているのかいつも不安になっている。

 なんなら今も話しすぎて帰って不安になることもちょくちょくある。

 

 前にこういうこともあった。

 髪を洗うときは担当の美容師ではなく、アシスタントの方が入ることも多々あるのだけれど、この前シャンプー中に「かゆいところはありませんか?」と定番の質問を投げかけられた。

 今までこんな要望はしたことなかったのだけれど、左後頭部が若干気持ち悪かった自分は「左の下の方が少し……」と要望を出した。

 もちろん対応はしてくれた。けれど、思ったのだ、こんな要望するやつなんてこの世に存在しないのでは?


「あの、これあんま言われないですか?」

二年くらいやってて初めて言われました

 

 恥ずかしい。なんでこう、いや、別にいいんだろうけど。なんでこういうのわからないんだろう。

 変な客に思われてないか心配になる。家でたまに思い出して「あああああああ!!!!」となる。あの軽いフラッシュバックのやつである。

 

 さて、今日は今日で忙しいらしく、カットはもちろんいつも担当してくれる人がやってくれたけれど、パーマやらパーマ液を流す、ドライヤーはほぼアシスタントが担当していた。

 むしろこれのほうが楽かもしれない。
 喋ってないと気まずいけれど、別にそこまで積極的に話したいわけでもない。
 本当に暇ではあったけれど、無言で当然のような妙な気まずさがないのはそれはそれでありがたい。

 

 心を落ち着かせるためか、美容院に行ったあとは嗜好品のコーヒーを必ずと言っていいほど飲む。

 前々回はスタバ、前回はカフェ・ド・クリエで今日はドトールだ。
 なんだかいつも一仕事終えたような疲れを感じる、ただ髪を切ってもらうだけなのに。

 

 美容院むずい。いっそのこと教本でも出してくれないか。勉強してから行くからさ。

 どうせ教本に出てこないところが出て、おどおどするのだけれど。


 美容室ラプソディ。

 もうこんな歳になったわけだし、床屋に戻ってもいいかもしれない。
パーマも身内から薦められて始めたことだから、意外となくてもそこまで苦労はないかもしれない。

 もうちょっとジジイになってからか。

 ありがたいことに実年齢より結構若く見られる自分だ、もう少しあがいてもいいだろうか。
 あんなに気まずかったのに、せっかくここまで信頼関係が築けた担当の人と離れるのもなんだか惜しい気がする。

 この若作りが痛くなりだす……というか、もう痛いのだろうか。

 パーマ液の匂いがかすかに漂う布団の中で、そんなことを延々と考えている。


(サムネイル画像お借りしました。ありがとうございます)

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