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新人さんが質問•相談してくれない問題の処方箋を、医療現場から得る

とあるIT企業のマネージャーさんから「新人エンジニアが相談してくれない」という相談を受けたのがキッカケで書きました。
質問•相談してくれない原因を、本人に求めるもの、相談される側の上司・マネージャーに求めるものなど、ネットで検索すればいろいろな方法が見当たります。ここで紹介するRRT(Rapid Response Team)は、心停止に結びつきうる兆候に気づいた病棟看護師からの応援要請に応える緊急対応チームのことです。RRTは相談しない・しづらい原因を人に求めてその人をどうこうしようとするのではなく、仕組みで、組織全体で解決しようという方法です。

医療で緊急対応と聞くと、コードブルー(患者の容態急変などの緊急事態が発生した場合に用いられる救急コール)を思い浮かべる方がいるかもしれません。コードブルーとRRTの違いは、コードブルーの仕事が火事の「消火」であるのに対し、RRTは「煙を見つける」仕事です。コードブルーには相談する余裕がなく、RRTにはまだその余裕があります。

RRTの仕組みを説明する前に、RRTが必要とされた背景をすこし紹介します。
入院患者はしばしば心停止の6~8時間前に微妙な、ときにはそれほど微妙でもない兆候を見せます。看護師にとっては、差し迫った問題が発生したという具体的な兆候がないため、担当医をよぶことがためらわれます。このような微妙な兆しを見せているのに看護師がその事実を指摘して医師に注意を促すケースは25%しかない(※)そうです。(※ Franklin,C.,and J.Matthew.(1994). ”Developing strategies to prevent in-hospital cardiac arrest analyzing responses of physicians and nurses in the hours before the event.” Critical Care Medicine. 22(2):244-247)

患者の命にとって危険な兆しかもしれないのにそれをためらわせる原因は、担当医を呼んで、何も問題がなかったとき、「間違った警報をしてしまうのではないか」と考えさせてしまう看護師の気持ちや、チーム内の関係性、ミスを許さない病棟の文化といったものがありそうです。

こうした原因をはらみつつ、患者の心停止に結びつきうる兆候をためらいなく医師に報告できるようにするためのRRTの仕組みを見ていきましょう。仕組みを表現するために「プ譜」を用います。

RRTを機能させるための構造

まず、RRTの仕事を紹介します。RRTは看護師から呼び出されると、RRTは数分後には患者の病床に駆けつけて診断し、しかるべき処置を施す。検査、治療の必要を判断します。
RRTの目標は、「大きな病気の前兆となる小さな問題に対応する」です。そしてその勝利条件(成功の定義)は、「経験の浅い看護師でも、問題をいち早く見つけて報告できている」です。早ければ早いほど、危険な状態を避ける可能性が高まります。「経験の浅い」としたのは、経験が豊かであれば、それだけ危険な兆候を発見する可能性が高く、また呼び出す医師との関係性も、遠慮なく伝えられるようになっているためです。

この成功の定義を実現するための要素を四つに分類しました。報告方法の要素。基礎知識の要素。「間違い」の定義・意義の要素。学習の要素です。

報告方法の要素は、患者の容態についての情報を、重要な点から、簡潔に伝えるようになっている必要があります。そのための手段として「SBAR(Situation,Background,Assessment, Recommendation:状況、背景、評価、勧告)」を採用しています。

基礎知識の要素は、看護師やその他の介護スタッフが危機に先立つ兆候を見分けることができるようになっている必要があります。そのための手段として、「心停止の前兆となりうる「誘因(トリガー)を表にして各病棟に貼り出す(例:心拍数が1分間に40または130になった場合)」や、「看護師たちにそれほど深刻でない問題と本当に危険な状態を見分ける能力を高める指導をする」といった手段を採用しています。

「間違い」の定義・意義の要素は、「大事に至らなかった報告を、「間違い・ミス」としてとらえていない」です。発見した兆候が大事に至らなかった、つまり結果的には看護師の報告は「間違い」になるのですが、それをただ「間違い・ミス」としてとらえない、ということです。このようになるために、「“間違った警報”を出してしまっても、その人を非難したり、罰したりしないような教育を行う」、「“間違った警報”という言葉をつかわないよう注意する」、「看護師はいつでもRRTを呼んでいいというお墨付きを与える」といった手段が採用されています。

学習の要素は、「RRTも呼び出した看護師も、個々の呼び出しを「教育の機会」ととらえられるようになっている」です。これは、「間違いの要素」と関連します。間違いの要素がマイナスをゼロにするものだとしたら、学習の要素はプラスに転じさせるものです。このようになるために、「ベテラン看護師が若手看護師に過去数時間の間の患者の振る舞いやトラブルについて質問する」、「看護師が見落としたかもしれないトラブルの兆候について意見を述べる」、「ベテラン看護師が患者を診断しながら、自分たちの考え方を新人たちが理解できるように大声で“独り言”を言う」といった手段が採用されています。これらの手段は現場での(臨床的な)教育方法やふりかえりの方法として、一般企業にも参考になります。

さて、ここからは話を一般企業の「若手エンジニアが相談してくれない」問題に移しましょう。
「若手エンジニアが相談しにくる(或いは、しやすくする」ことを目標としたとき、 RRTを機能させる仕組み・構造から移植できるもの・参考にできるものはあるでしょうか?
移植できる「もの」と言われると、つい「施策(していること。手段)」に目がいってしまうと思いますが、プ譜の考えに親しんでくださっている方であれば、その施策が生成している「状態」に目がいくはずです。状態は、プ譜の中間目的です。いくつかのプロジェクトチームを見てきた経験から、 「若手が相談しにくる」ための基礎基本となる状態になる、 「“間違い”の定義・意義の要素」と「学習の要素」が参考になると考えます。この状態は若手エンジニアだけに帰することも、マネージャー・上司に帰することもできません。組織そのものがこの状態になっていく必要があります。
個人に働きかけたほうが即効性があるように感じるかもしれませんが、そのやり方でうまくいっていなければ、組織に働きかける方法を試す価値があると思います。

なお、『ジャーナル・オブ・アメリカン・メディカル・アソシエーション』誌に掲載されたスタンフォード大学の研究では、ある小児科病院でRRTを実施したところ、コードブルーが71%、死亡率が18%減少したそうです。

医療現場の方法をそっくりそのまま移植することはできません。しかし、構造的に似た問題を、自分たちの状況に当てはめて考えることはできます。もし、相談してくれない問題を解決する構造を考えてみようと思う場合は、ぜひプ譜で整理してみて下さい。プ譜の書き方は下記の動画でご覧いただけます。


未知なる目標に向かっていくプロジェクトを、興して、進めて、振り返っていく力を、子どもと大人に養うべく活動しています。プ譜を使ったワークショップ情報やプロジェクトについてのよもやま話を書いていきます。よろしくお願いします。