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「すっごい高い所の葉っぱが食べられる動物」をどうデザインするか?~『天地創造デザイン部』から学ぶプロダクトマネジメントの要諦

天地創造デザイン部は、生き物を造るのが面倒になった神様が“下請け”の「天地創造社」にデザインを依頼し、出てきた案の採用可否を決定するという作品です。クライアントである神様から、「すっごい高い所の葉っぱが食べられる動物」といった、ざっくりとした要望(ムチャブリ)が伝えられるのですが、その要望を叶え、かつ地球環境で生きるためのデザインと検証作業をデザイナーとエンジニアが行っていくプロセスを通じて、 生き物たちがその形状や生態となった理由が学べるようになっています。
これだけで十分面白いのですが、プロジェクトやプロダクトマネジメントの参考になる点がいくつもあるので、プ譜を用いて紹介します。

目標を実現するための「状態」から考えて、複数の手段を出す

題材は漫画・アニメの第1話 「すっごい高い所の葉っぱが食べられる動物」です。うん、ざっくりとしている。これはクライアント(神様)からの要望で、獲得目標に入れます。

このテキトーな要望に、3人のデザイナーがそれぞれの得意分野から、ペガサス、ピンポンツリー、首長ジカというデザイン案を出します。これらは目標を実現する手段として施策欄に書きます。なぜこうした異なる案が出ているかというと、「すっごい高い所の葉っぱが食べられる」ようになるための「状態」の考え方が異なるからです。状態は中間目的の欄に書き入れ、その状態を実現するための手段として、それぞれのデザイン案(施策)を線でつなぎます。
ペガサスは 「空を飛んでいる」。ピンポンツリーは「伸び縮みしている」。首長ジカは「首が長くなっている」です。私たちはある目標を実現するために、そのときの流行や偶然、自身の成功体験などから、ある一つの手段を結び付けがちですが、それは目標実現の可能性を狭めてしまっています。より多くの選択肢から検討した方が失敗の可能性は低くなります。複数の手段は目標を実現するための「状態」から考えることで出すことができます。

デザイン案を出したら素早く検証する

目標を実現するための施策が出たら、それを実現するための具体的な構造を考えます。これもプ譜で表現します。

「ペガサスをつくる」を獲得目標に入れます。漫画では、ペガサスが空を飛んで葉っぱを食べられるようになるには、「羽を動かす」ための「筋肉量を増やす」ことや、「体を軽くする(重くなっていない)」ために、「頻繁に排泄する」、「骨や羽の軸を空洞にする」といったことが必要だとエンジニアが説明します。
飛ぶためのあるべき状態が「羽を動かすことができている」と「体が軽くなっている」で、それを実現するための施策が「筋肉量を増やす」や「頻繁に排泄する」という関係になります。こうした状態を実現すると、出来上がるペガサスは、よくある優雅なイメージではなく、ムキムキマッチョな馬が空から馬糞をまき散らす生き物になってしまいます。結果的にこのプロダクト案は不採用になります。
ちなみに、「すっごい高い所の葉っぱが食べられる動物をつくる」プ譜では、ペガサスの中間目的に「空を飛んでいる」と書きましたが、この「ペガサスをつくる」プ譜では、勝利条件に「長い時間空中に留まっていることができている」と書きました。勝利条件とはその目標が実現したといえる基準・指標のことで、定性的にも定量的にも表現できます。勝利条件もまた一つの「状態」です。
この表現の違いは、私が作中のエンジニアの説明を読んだ後に変更したものです。何が言いたいかと言うと、最初に思いついた状態の表現は、不完全な・的を得きっていない可能性があり、実際につくり・動かし始めて徐々にわかってくる・的を得た表現になってくる、ということです。

最初の思いつきを成り立たせるために、あれこれ付け加える

次に「首長ジカをつくる」を目標にしたプ譜を書きます。この首長ジカを実現するためのデザイナーとエンジニアの試行錯誤が最も学びのある部分です。
最初、「高い所の葉っぱを食べるなら、首を長くすればいいかな」と思ったデザイナーが、かつて作ったシカをベースに、首の長さを10mにします。シンプルともいえるし安易ともいえる考え方です。

エンジニアがさっそく地上で生きられるか実物を造って確かめてみたところ、シカの心臓だと長い首の先にある脳にまで血が届かず脳貧血を起こしてしまいます。パッと思いついたアイデアに飛びついて失敗するたいへん良い例です。

ならば心臓を大きくして、「頭に血液を持ち上げることができている」という状態をつくればいいと考えます。

最初はあるべき状態を考えなかったけれど、やってみてわかったことを素早くプロダクトづくりに活かすのは大事です。
ただ「首の長さを10mにする」という施策にこだわって、それを実現するために、わざわざ心臓を大きくするという“余計な”施策を加えてしまったようにも見えます。

首を長くすることをリセットして足を伸ばすという新しい施策が提案されますが、それでは水が飲みにくくなります。

そこで首と足の長さを中間にするという施策が提案されます。

作中では「首の長さを10m」とあったので、このプ譜では5mとしましたが、キリンの実際の全長は約5mで、首の長さは約2mです。
首と足を伸ばすことで、「頭に血液を持ち上げることができている」と「水分を補給できている」という、死なずに生きていけるための最低限の状態は実現できたように見えます。

構造を成立させるための状態のツジツマを合わせる

しかし工夫の道はまだまだ続きます。ここからは天地創造デザイン部以外の情報も用います。
「頭に血液を持ち上げることができている」状態は、言い換えれば「血圧が上がっている」という状態です。血圧が高いと血管を破裂させる恐れがあります。また、高血圧のまま脳に血が流れ込むと脳がダメージを負ってしまいます。命を維持するためには、「血管が破裂していない」と「脳がダメージを負っていない」という状態が必要になります。それぞれの状態を実現するために、「血管を強くする」、「ワンダーネット(毛細血管の束)で血圧を調節する」という施策を採用します。

モノづくり・プロダクトマネジメントでは、デザイン、UI、機能、安全、保守といった要素が絡み合い、ときにコンフリクトし、トレードオフを迫られたりバランスを調整したりすることがしばしばありますが、ある状態が他の状態に影響を与え、その状態を良い状態にする(悪い状態になるのを防ぐ)ための例としてたいへん参考になります。

ちなみに、血圧・血流を調節する毛細血管の束「ワンダーネット」は脳に入り込む血圧を調整するだけでなく、「水分補給時( 頭を下げているとき)、頭に血が上っていない」という状態を実現するための施策としても機能します。首を下げて水を飲もうとすると、ワンダーネットが血液を取り込んで脳の方に一度に大量の血液が流入するのを防ぎ、首を上げた時、ワンダーネットから血液が放出されて血圧の急激な下降を防ぐそうです。
一つの施策が二つ以上の状態に影響を与える。非常に重要な施策=機能であることがわかります。

また、草しか食べないことで長い身体を維持できるか不安だったため、「胃の中で草をタンパク質に変えるバクテリアを飼う」という牛と同じ機能を採用します。
このようにして、首長ジカが生きていくための各要素の状態と施策の構造が出来上がりました。

作中では最後にデザイナーが見た目を整えます。模様をつけたり顔に馬みを足したりしてキリンが出来上がりました。そして、このデザイン(及び構造)がクライアント(神様)に採用されます。

このエピソードが面白いのは、最初からキリンをつくろうとしていなかったということです。
以前つくったシカをベースに各要素のツジツマを合わせ、試行錯誤を経ていたら最終的にキリンが出来上がったという一連のプロセス。「すっごい高い所の葉っぱが食べられる動物」というおぼろげなイメージを元に、最初からキリンをつくることはできるか?という問いは、プロジェクトやプロダクトマネジメントにいくつもの示唆を与えてくれます。

最初に思い描いたものに囚われていないか?
最初に思い描いたものに囚われて、間違った・余計な機能を付け足していないか?
何かの状態を実現させるために、他の状態を疎かにしていないか?
何かの状態を実現させるための施策が、ほかの状態に悪影響を与えていないか?

一つひとつの、部分の意思決定が全体に与える影響を考える事例としても読んでいただければ嬉しいです。

最後に、プ譜で自社のプロダクトビジョンやプロダクトロードマップを表現してみようと思われた方は、以下のプ譜の書き方動画をご覧ください。


未知なる目標に向かっていくプロジェクトを、興して、進めて、振り返っていく力を、子どもと大人に養うべく活動しています。プ譜を使ったワークショップ情報やプロジェクトについてのよもやま話を書いていきます。よろしくお願いします。