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電車の中のエスパー

電車の中に子どもが乗っているとつい目で追ってしまう。
もちろん、かわいくて。
泣いていたら心配になるし、ちょっと抱くのかわりましょうか?って言いたくなる。大変そうだから。
でも、実際はそんなこと言えやしない。
公共の場でしゃしゃりでない方が身のためだ。

ただ、ついつい目で追ってしまう。
温かく、見守ってしまう。

たまに、やんちゃな子どもが乗っている。
そこまで混んでいない電車の中で、吊り輪につかまってぶら~んって。
一般的には、ご迷惑行為。
ただ、空いている電車で乗り合わせた人が大丈夫ならスルーされるやつ。

昔、仕事帰りの電車の中でそんな子どもに出会ったことがある。
少し大きめな声で、電車の中ではしゃいでいる。
それをお母さんが止めている。
そのやりとりは、全部筒抜けだった。
私は、その子たちをじっと観察していた。
あぁ、あの子だったらこういう風に声を掛けたらいいんだけどなぁ。
そんなことを思ったり、親子の会話に、ふふっと笑ってしまう。

あの時の電車の中で、その光景を咎める人はいなかった。
まさか、その場面で私自身が見られているなんて思わなかった。

近くに立っていたおばあさんが話しかけてきた。
「ふふっ、かわいいわよね。つい見ちゃう。あなた、保育士でしょ?」と。
!?
なぜ、この見知らぬおばあさんはわかったのだろうか?
私は、一言も話していない。
急に、そう言われてちょっぴり怖くなった。
なぜ、保育士だとわかったんだろう。
でも悪い人じゃなさそうだった。

わかる人にはわかってしまう。
同業者だからこそ。
あの時の、おばあさんが私を保育士と見抜いた理由は簡単だった。

私が仕事帰りに大きなバックをもっていたから。
子どもをつい目線で追って、じっと観察する癖があるから。

そう、保育士の荷物は多い。
毎日ジャージとエプロンとタオルと着替え一式を持っている。
さらに、必要書類とか筆記具とかたまにトイレットペーパーの芯をたくさん抱えていたりする。(クラスの子どもたちに配る制作の材料として)

バレていた。
このおばあさんには、見抜かれていたんだ。
トイレットペーパーの芯を……。

「ふふっ、私もね昔は保育士だったのよ。だからわかるの。」
そんな告白をされて、納得した。
おばあさんも同志だった。だから、同じ視点であの親子を見ていたんだ。
「荷物も多くて大変なのよねぇ~。」
そう言われて、私は首がもげるほど、心の中で頷く。
お互いに目を合わせて、くすっと笑う。

「ああいう時、どう声をかけていいか悩むわよね~。」
おばあさんは、そう呟き遠くを見ていた。
私も同感だ。助けてあげたいけど、日本だと難しいこともある。
それに、下手に手を出して怒られてしまうこともある。
子どもも産んだことのないペーペーの保育士には無理だ。

いつの間にかあの親子は、電車を降りていた。

※※※

時が経った。私も親になった。
自分自身が親の立場になった時は、私の中にすでに子育て経験済みのような感覚があり、もし電車で困りそうなことがあっても、事前に脳内趣味レーションをしっかりしておけば乗り切れる自信があった。
でも、それは私の場合で普通のお母さんなら育てながら学ぶのだろう。
私はありがたいことに、先に仕事でいろいろと経験させてもらえたおかげで場数を踏みまくっていた。

遠足で20人の子どもたちを引率して電車に乗ることもあった。
子どもたちには、事前に伝えておくことでスムーズに行くことも多い。
もし、障がい児がいてパニックになってもそこには加配の人をつけている。
いざという時も、対応できるように気を引くおもちゃもリュックに入っている。乗り物酔いがひどい子の側について、ビニールと消毒液をすぐ出せるようにするのも常識だった。鼻血が出やすい子もいるからティッシュも完備。子どもたちに合わせてグッズは忍ばせておく。
最悪、素話や手遊びなど自分自身をおもちゃにして気を引いたり時間をつぶす技もある。紙とペンがあればなおよし。〇と△と▢でいくらでもネタはつくれる。


これらの知恵は、地域の子ども会の役員になった時も役立つはずだった。
まさかのコロナで全部の行事が強制終了なんて夢にも思わなかった。

我が子も手がかからなくなってきて、今はお世話から遠ざかる生活だ。
あぁ、楽ちん。ほんとに。
子育ては、大変だ。
そうか、あれは楽しい修行の日々だったんだ。と、今になって思う。

親でも何でもないただガムシャラな新米保育士だった私に、子どもと関わる経験をさせてくれた保護者の方には感謝しかない。
あの修行の日々は、ありがたかったなぁ。

結局ね、場数だった。
いろんな子と触れ合って、知って、その都度対応していくだけ。
抑えつけすぎず、興味を引きつつ、社会に溶け込ませていく。
もし、居場所が見つからないなら創るだけ。あきらめずに。
世の中には、子ども嫌いな人もわりといるから。

私たちにとって心地よい、仲よし家族の空間をつくる。
正直、合わない人とは離れた方が身のためだ。
女性たちが笑って、前をみていれば、居場所は明るくなる。
女たちが、平和に笑っていられる世界は平和な証拠と思ってほしい。
たとえそこが、保育園だとしても家庭だとしても地域だとしても。

結局、場数を踏んでいる人がその空間にいるかどうかで、居心地は決まる。
空気を作れる人は、重宝される。

それができるのは、実は電車の中にいるエスパーだったりして。
自分から話しかけて、空気を作っていく人たちだから。

世の中の人の心理がわかっているエスパーたち


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