「やりたい」を引き出す実践広がる——心温まる、子ども目線でのアバターロボット実践成功事例2
アバターロボットの活用によって、治療中の子どもたちが参加しづらかった授業やさまざまなイベントが「日常」になりつつある。「アバター」という言葉を聞くと、ウェブ上だけの体験で完結すると思われがちだ。けれども実際には、仮想空間での体験がリアルの世界での「やりたい」という気持ちを引き出すことがある。今回は、メタバースを活用した文化祭、生徒会選挙、伝統的な祭りへの参加など、さらなる発展を見せているアバターロボットの活用事例を2024年2月に行われた事例発表会「心温まる、子ども目線でのアバターロボット実践成功事例」から紹介したい。(笹島康仁)
各校の事例はこちらからご覧いただけます。
アバターロボットで広がる「学校参加」
「どんな人なのかな」「実際に会ってみたいな」——。岐阜県立長良特別支援学校の実践では、参加した高等部の生徒たちからこんな声が上がったという。
発表のタイトルは「メタバースで初対面の大学生と友だちになろう!」。メタバース空間で岐阜聖徳学園大学の学生と生徒3人が交流。自己紹介やクイズゲームなどを行った。普段は人見知りの生徒もいたが、「緊張しなかった」「もっと人とつながりたい」といった前向きな感想が相次いだという。
さらに、その後はアバターロボットを活用して、大学の施設や講義を見学させてもらう企画も。メタバースでの事前交流のおかげで、スムーズにやり取りができ、卒論を書く教室を見学したり、学生たちと食堂の注文を体験したりと、大学の様子を見学することができた。
交流後は「今度は実際に会ってみたいな」など、再び前向きな感想があり、担当教員は「新しい出会いに積極的な姿が見られた。メタバースやアバターロボットは、人間関係を形成するきっかけの一つになる」と確信したという。
この教員はこう話す。
「手指の欠損があったり、車いすに乗っていたりしていると、直接の交流では冷たい目で見られたことがあったと子どもたちは話していました。病気や身体虚弱により活動範囲が限られている子たちにとって、メタバースはもう1人の自分を作り出し、できることを無限に広げられる素敵なコンテンツです」
初めての入学前の体験も
アバターロボットを通じた体験は、人との関わりに不安を感じている子どもたちの心の準備にもつながるようだ。
大阪府立刀根山支援学校では、長期の入院から退院することになった小学生に対して、アバターロボットを使った学校見学を行った。一度も通ったことのない小学校を事前に見学しておくことで、通学の不安を解消するのがねらいだ。
その児童の入院は4年間に及び、退院を前に「退院したくないな。このまま入院してたいな。病院生活の方がいいな」と漏らすようになっていた。そこで、アバターロボットを通じて通うことになる学校内を見学。「自分が学校にいるような体験」をした後は、前向きに退院を考えるようになったという。
担当した教員はこう話していた。
「長期入院から退院して地元の学校に通うことは、大きな希望と同時に不安も感じるものです。その不安の解消に向け、事前の交流など、ICT機器の積極活用も含めて模索していきたいです」
さまざまな実践広がる
発表会ではこのほか、聴覚障害のある子ども向けのリモート授業(和歌山県立和歌山ろう学校)やイベントでの案内役を務めた実践(鳥取県立鳥取養護学校)、文化祭での活用(大阪府立光陽支援学校)、プラネタリウムを離れた教室でも楽しむ実践(大阪府立刀根山支援学校)、コミュニケーションの練習(茨城県立水戸特別支援学校)、文化大会の係活動への参加(同)、リンゴ園探検(岐阜県立恵那特別支援学校)、生徒会役員選挙での投票(秋田県立秋田きらり支援学校)など、さまざまな活用事例が報告された。
ミュージアムでの職場体験(東京都立多摩桜の丘学園)など、進路について考える実践事例も多かった。
茨城県立水戸特別支援学校では、アバターを使って制作物の納品を体験。企業で働く人とのやり取りはこれまでにほとんどなく、普段は話すことが好きな生徒も緊張して話せなくなってしまったという。担当教員は「卒業までに様々な人と触れ合って経験を積むことで、生徒が自分の苦手なことに気づくことができたり、企業からのリアルな声を聞くことで、仕事の難しさや納品できた達成感などを感じ取れるのでは」と発表していた。
茨城県立水戸高等特別支援学校では、不登校の子どもが遠隔で特例子会社を見学。「自分もみんなと同じように就職したい」と話すようになったという。
1174人の教員がアバターロボットを利用可能に
ニューメディア開発協会の林充宏さんによれば、これまでの実践で1174名の先生がアバター利用可能となったという。その数は、特別支援学校の教員全体(約1万2000人)の11%に当たる。
「プロジェクトの大きな成果。先生方の異動で、どんどん広がっていくことを非常に頼もしく思っております」と林さんは言う。
報告会では、アバターロボットの活用を広げるための事例もいくつか報告され、ある学校の教員はこう話した。
「アバターロボットはあくまでも手段。病児本人が勉強したいとか、友達や先生とつながりたいと願ったとき、提供できる手段が多いほど本人のニーズに合った支援ができるし、それが治療の励みになることもある。そのためにも、私たちは手段を知っておく必要がある。今後も理解啓発を進めたいと思います」
最新の事例を紹介
発表会の最後には、ニューメディア開発協会の林さんが最新の事例を紹介した。
一つ目は「イルカライブ体験教室」。トレーナーと会話しながらジャンプのサインを一緒に出したり、イルカの生態についてクイズ企画で学んだり。2日間で計7校の子ども達がイルカとの時間を共有した。
もう一つが、横手雪まつりへの参加だ。祭りの名物でもある「かまくら」からライブ中継をする企画。当日は悪天候のため企画の変更も余儀なくされたが、現地のメンバーも参加者も、普段とは違う特別な時間を楽しんだ。
さらに、現在は「秋田に特化したメタバース空間」を準備中だという。その名も「秋田地域自慢メタバース」。県内14校の特別支援学校が参加し、地図上に地域の自慢をプロットできる空間となっており、「秋田の関係者が集まったりだとか、いろんな他の地方の子どもたちが入ってみんなでワイワイガヤガヤするようなそういう空間がもうまもなくリリースされるので楽しみにしていただきたい」。
「横の交流をしていただきたい」と林さんは参加した教員に呼び掛けた。
「横の交流をどんどんしていただくのがこの会の活動です。具体的な活動は来年度になりますが、学校間の交流ができたらなというふうに思っております」
アバターロボットの活用実践は全国に、さまざまな形で広がっている。次回は運動会や卒業式、地域との交流の実践を報告したい。
ベネッセこども基金の取り組み
ベネッセこども基金MeetUpは子どもたちを取り巻く社会課題を発信し、解決策について一緒に考えていくオンラインイベントです。今回は「アバターロボットやメタバースを活用した、子どもの『やりたい!』をかなえるモデル校の実践事例」と題して、病気や障がいを抱える子どもの学び支援の事例について詳しくご紹介しました。
ベネッセこども基金は、未来ある子どもたちが、安心して学習に取り組める環境のもとで、自ら可能性を広げられる社会を目指し、さまざまな活動を支援しています。
自主事業にも取り組み、2015年度からは分身ロボットOriHimeを活用した学び支援プロジェクトを実施。2020年度からは子どもと学級を確実につなぐためのネットワーク環境整備などを支援し、33校28事例の授業実践を行いました。2022年度からは「日常で使える汎用的な学び支援モデルの事例創出」を目指し、連携や成功事例報告会などに取り組んでいます。
共同事業に関するお問い合わせ
一般財団法人ニューメディア開発協会 新情報技術企画グループ
担当 平出、林 NMDA-SJG@nmda.or.jp
◎事例掲載URL https://avatar-tele-edu.com/example-list/
◎連絡先 NMDA-SJG@nmda.or.jp
※共同事業や今回の事例に関するご意見・ご質問等は、上記のニューメディア開発協会までお願いいたします。各学校へのお問い合わせはご遠慮ください。