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大阪府の授業料無償化制度に関する一考察(その2)

その1はこちら

私立高校無償化の課題

 よく知られているように、私立高校(高校に限らないが)は、その教育内容や人気、知名度などによって、各学校によって授業料が異なっている。そしてこれが私立高校を無償化する上で、頭を悩ます問題になるのである。実は全ての課題はこの1点に集約されるといっても過言ではないほどである。

財政面の課題

 全ての私立高校を無償化しようとすれば、行政からの支給上限を、国内で最も授業料が高い学校に合わせる必要がある。仮にそうしたとしても、次年度さらに値上げが必要になった場合はどうするのか。またそれに合わせて上限を引き上げるのだろうか。もし、そのようなことをすれば行政支出が膨らむばかりで、国民の理解が得られるとは考えにくい。制度の持続性という観点からも、考えられない方策だと言わざるを得ない。
 すなわち、完全無償化とは言っても、現実にはその支給金額についてはどこかで線引きすること、言い換えるならば上限を設定する必要がある。

授業料値上げの誘発

 さて、先に述べた理由により、行政が支給する支援額の上限を決めたとする。もちろん、私立高校の授業料が一律でない以上、授業料がその上限を上回る学校もあれば、下回る学校もある。年々出生数が減少している日本では、経営が厳しい私立高校も存在するだろう。そのような私立高校にとって、現在の授業料が支給額の上限よりも低い場合、授業料を値上げするのは理にかなった選択と言えるのではないだろうか。何故なら、支援額の上限以下であれば、授業料を値上げしたところで、保護者の追加負担が生じないため、特に問題は生じないと想定されるからだ。負担は全て行政が負うのであるから、これほどありがたい話はない。過剰な値上げするなと言うことはできても、現実にそれに歯止めをかけるのは難しいのではないか。
 こうした状況を防ぐためには、上限額をあまり高くしないという方策が考えられる。現在、文部科学省(以下、文科省と記す)は国が支給する就学支援金の上限を年間39.6万円としているが、首都圏や京阪神地区などの都市部の私立高校では、授業料が元々39.6万円を超えていた学校も多い。こうした学校では、授業料を値上げした分の負担は全て保護者に転嫁されるため、過度な値上げは自動的に抑制されると考えられる。これを鑑みれば、文科省の設定上限額は妥当なところなのかもしれない。しかしこうしたことで、結果的に完全無償化からは遠い制度となった。実際、文科省はこの制度を実質無償化と呼び、完全無償化とは明確に区別している。

完全無償化への条件

 こうした課題を乗り越えて私立高校を完全無償化するには、どうすれば良いのであろうか。実はこの解決策は実に簡単である。国内全ての私立高校の授業料を統一すれば良いのである。すなわち、行政が授業料を決める。無償化対象の学校に指定されたければ、行政が決めた授業料で学校教育を行う。さらに個別の事情も斟酌しない。
 しかしこんなことをすれば、もはやその学校は私立高校と言えるのだろうか。まさに私立高校の準公立化である。生徒や保護者が私立高校に期待する特色ある教育は年を追うごとに廃れていくのではないだろうか。そしてこれこそが一番の問題なのである。

キャップ制の位置付け

 ここまでみてきた課題に対して、大阪府がとった解決策がキャップ制だと考えられる。まず上限額を60万円という比較的高い設定とすることで、多くの学校の授業料を無償化した。
 さらに60万円を超過する授業料も認めており、私立高校の裁量に一定の配慮をしている。その一方、行政からの支給は60万円を限度とし、授業料値上げによる行政負担増や、過度な授業料値上げに一定の歯止めをかける施策を講じている。その上で、キャップ制対象世帯からは60万円を超過した授業料徴収を認めないことで完全無償化としたのである。ここまでは、非常に良い制度のように思える。
 しかし、行政の負担を抑えながらも一部世帯の完全無償化の実現をはかったが故に生じたそのしわ寄せが、確実にどこかにもたらされるのである。これは世の常である。
 その1で説明した通り、このしわ寄せ、すなわち宙に浮いた超過授業料は学校とキャップ制対象外の世帯が負担する。実際にはキャップ制対象外の世帯が自分の子供以外の生徒の分まで広く負担を強いられているのが実情であろう。このような一部の世帯に過剰な負担を強いた歪な制度であるが故に、一部世帯のみが対象とはいえ完全無償化が成立しているのである。

  • キャップ制対象世帯:世帯年収800万円未満の世帯

  • キャップ制対象外世帯:世帯年収800万円以上の世帯

大阪府で行われた議論

 大阪府では授業料無償化制度の内容を検討した過程が公開されている。その中で、先に述べた事項が課題としてあげられている。詳細は下記のページを参照いただきたい。

主な検討課題

 ここでは、平成26年8月27日に私学・大学課から知事との打ち合わせ用に出された資料(授業料無償化制度について)に記載されている検討課題について説明する。下記3点の検討課題があげられている。

  1. 持続可能で安定的な制度にしていくため、事業規模の検討が必要

  2. 所得区分によって保護者が負担する授業料の額が⼤きく異なるため、階段状の⽀援の検討が必要(800万円絶壁問題)

  3. 私学の自由な教育の実施の観点から、「58万円キャップ制」の枠組みの検討が必要

いずれも尤もな課題提起と言えよう。

① 制度持続性

 制度の持続性は当然の検討事項であり、先に「財政面の課題」の部分で説明した内容に近いものであろう。この時点で、本当の意味での完全無償化は事実上不可能であることを露呈している。
 また、9月12日の副知事との打ち合わせでは、「授業料58万円未満校が全校58万円に値上げした場合の影響額(18億円)を表記すること」との意見が出されており、「授業料値上げの誘発」の部分で説明した課題が提起され、確認を行っていることが分かる。

② 所得区分の検討(800万円絶壁問題)

 本稿では、この部分についてあまり深く取り上げなかったが、これは所得制限のあり方の問題である。特に所得区分に近い所得の世帯にとっては、数万円所得が高かったために、受ける支援の内容が大きく変わり、子供一人当たり年間数十万円もの可処分所得の逆転が生じることになり、とても看過できないと言えよう。ここについては、今もなお改善がなされたようにはとても思えないが、国の所得区分の線引きとその支援内容と同様に、引き続き是正を求めたい部分であることは言うまでもない。

③ 私学の自由な教育の実施の観点

 平成26年当時は58万円キャップ制が検討されていた(令和4年現在は60万円キャップ制)。そこでは、このキャップ制を採用した場合の課題として下記の内容があげられている。

「58万円キャップ制」により、事実上、58万円の授業料に相当する教育プログラムとならざるをえないことから、私学の準公⽴化が懸念され、独自の特色づくり・魅⼒づくりという⾃由な私学教育の実施という⾯で課題がある

私学・大学課「授業料無償化制度について」

 ここで述べられているのは、まさに行政が私学の授業料に事実上の上限を設けることで生じる弊害ではないだろうか。それは「完全無償化への条件」のところで説明した私立の準公立化への懸念である。そして自由な私学教育の実施という面の課題とはっきり書かれている。昨今の教育の無償化に関する表面的な記事や議論では、この部分への考察が抜け落ちているのではないかと危惧するところである。
 しかし、当時の大阪府はきちんとこの問題・課題を認識し、議論していたことがうかがい知れる。今後、教育の無償化を議論する際は、自由な私学教育という、教育を受ける生徒及び、教育を行う私立学校の双方にとって一番大切であるものを抑制してまでも、私立学校をも含めて無償化を進めるべきなのかを十分に検討いただきたい。これは自由を重んじる日本という国家の教育のあり方として適切なのか、この視点を忘れてはならないと思う。
 さらにこの資料では、私立高校の声として、下記の内容があげられている。

※保護者に⼀定の授業料負担を求めることができるならば、次のような教育の充実を図りたいという私⽴⾼校の声
・耐震化の推進やバリアフリーのための施設整備
・電⼦⿊板、タブレット教材の導入など、ICT化の推進による教育環境の充実
・交換留学⽣数の拡⼤や外国⼈講師陣の増強など、グローバル教育の充実
・理科教育の実験機器など、教具・教材の充実 など

私学・大学課「授業料無償化制度について」

 いずれも私立高校で教育を受ける生徒やその保護者が期待するところが多い内容ではないだろうか。完全無償化を進めるために私立学校の授業料にまで行政が過度に介入することが、結果的に教育を受ける生徒が望むものが学校で得られない原因になりかねないことを示唆していると言えよう。

まとめ

 本稿では、私立学校をも含めた完全無償化は、一体何をもたらすのかということについて、大阪府が無償化制度を検討する際に用いた資料も参考にしながら考察を加えた。そこには、財源よりもはるかに重要かもしれない本質的な課題、すなわち「自由な私学教育の実施という面の課題」があることが示せたのではないかと考えている。
 一方で、保護者の教育費負担の低減は強く求められているところであり、その必要性は十分に理解するところである。次回は、これまで考察した内容を踏まえた上で、どのような制度が望ましいのかをを考えたいと思う。
(その3へ続く)

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