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大阪府の授業料無償化制度に関する一考察(その1)

 多くの子育て世帯にとって、教育費の負担は頭を悩ませる問題である。そうした事情を鑑み、近年、特に義務教育修了後の教育費負担の低減を目的に、授業料等の支援の拡充が進められており、これ自体は好ましい動きと言えよう。高等学校においては、公立のみならず私立高校についても、一部とはいえ既に無償化が実施されている。さらに進んで、教育の完全無償化を公約にあげる政党も出てきている。
 無償化というと、その大きな恩恵にどうしても目が向いてしまう。そして一番の課題に見える財政面がクリアできればと考えがちになるが、他に課題はないのだろうか。特に、実際に教育を受ける生徒にとって「タダより高いものはない」にならないのかを考えてみたい。

国の高校無償化制度

 従来より、国公私立問わず、高等学校等に通う所得等の要件を満たす世帯の生徒に対して、授業料に充てるための高等学校等就学支援金が給付されている。2020年4月からは、これをさらに拡充し私立高等学校授業料の実質無償化が実施されている。世帯の所得によるものの、最高で年間39.6万円が給付される(実際には学校に給付され授業料と相殺される仕組み)。
 通学する私立高校の授業料が39.6万円以下であれば、授業料負担が生じないことから実質無償化と呼ばれている(39.6万円を超えた分は世帯で負担)。

2020年4月からの「私立高等学校授業料の実質無償化」リーフレット より

大阪府の私立高校授業料無償化

 大阪府では、独自の授業料支援補助金を交付することにより、国の高校授業料支援をさらに拡充している。松井大阪市長は次のように、大阪府が実施した教育費無償化とその意義について述べている。

現役世代の人たちは行政のサービスを非常にシビアに見ています。大阪の場合、大阪府・大阪市で全国に先駆けて教育無償化に取り組んできました私立高校の完全無償化は現在、全国で大阪府だけです。私が完全無償化と言っているのは、私立高校の授業料に上限を設定して自己負担無しと言う意味です。

東洋経済オンライン 松井一郎「大阪流の少子化対策、全国でやるべし」

 ここから先は、大阪府で行われている私立高校の無償化にフォーカスして考察していく。大阪府以外の都道府県でも、国の支援制度を独自に拡充している自治体もあるが、その中で大阪府は、松井市長も言われる通り、全国に先駆けて無償化に取り組んできた実績から注目度も高いと考えられるためである。何より豊中市は大阪府下の市町村でもある。

授業料無償化の概要

 ここでは、大阪府で実施されている私立高校の授業料無償化とはどのようなものか、その大枠を説明する。国の支援制度との違いを整理すると下記のようになる(支援対象世帯の子供が1人の場合)。

  1. 世帯年収590万円未満の子供への支給上限を39.6万円から60万円に拡充(国の就学支援金39.6万円に、大阪府の授業料支援補助金が最大20.4万円交付される)

  2. 世帯年収590万円以上、800万円未満の子供への支給上限を11.88万円から40万円に拡充(国の就学支援金11.88万円に、大阪府の授業料支援補助金が最大28.12万円交付される)。子供の数に応じ支援補助金が増額される。

  3. 世帯年収800万円以上の子供は国の支給制度と同じ。世帯年収910万円未満の子供には、国の就学支援金11.88万円が交付される。ただし、子供の数が2人以上の場合は大阪府の授業料支援補助金が追加交付される。

  4. 世帯年収800万円未満の世帯を対象に60万円キャップ制を導入

 下の図がそのイメージである。なお、国の支援制度と同様、世帯年収910万円以上の子供は一切の支援を受けられない(所得制限)

 対象世帯の子供の人数などによっても、支援内容が少し変わるため、詳細に関心のある方はこちらを参照いただければと思う。

キャップ制とは何か

 先に整理した通り、大阪府の私立高校授業料無償化には、キャップ制というものがある。上のイメージ図の赤枠内の「年収800万円未満世帯の授業料60万円超過分は学校負担」との注意書きの通り、世帯年収800万円未満の子供にキャップ制が適用される。
 この意味するところは、私立高校の授業料が60万円を超える場合でも、大阪府と国と併せて60万円までしか支援しないが、その超過分は学校で負担せよということである。すなわち、学校はキャップ制が適用される保護者に超過分を請求することができない。これらをまとめると下記の表のようになる(子供1人の場合)。 

 まず初めに、年間授業料が60万円の場合を見てみる。下の表が60万円のケースである。これを基準に授業料が違うケースを見ると、キャップ制の仕組みがよく分かる。

 年間授業料が65万円になると、学校と保護者の負担が下記のように変わる。年収800万円未満の世帯の場合は、60万円との差額5万円は学校負担となり保護者の負担は授業料が60万円のケースと変わらない。一方、年収800万円以上の世帯の負担は5万円増える

 逆に、年間授業料が55万円の場合は、下記のように大阪府独自の授業料支援補助金が授業料に合わせて5万円少なくなる。

結局、誰が負担するのか?

 このキャップ制は、これが適用されない年収800万円以上の世帯にとっては、看過できない問題を内包するのではないだろうか。60万円を超えた授業料分について、純粋に学校が負担するのなら、学校は経費削減で補うことになる。つまり教職員の給与や、場合によっては教育環境に影響が及びかねない。それを考えれば、少し余分に授業料を値上げすることによって、年収800万円以上の保護者に負担を転嫁する選択をする学校が出てきても、おかしくはないだろう。
 例えば今、授業料60万円の私立高校があったとしよう。このうち25%の生徒が世帯年収800万円以上、すなわちキャップ制の対象外だと仮定する。この私立高校が何らかの事情により、授業料収入を5%増やす必要が出てきたとする。全生徒の世帯で増額分の授業料を負担すれば、1人あたり3万円の負担増になる。これを仮にキャップ制対象外の世帯のみで負担するとすれば、キャップ制対象世帯の負担増はゼロであるのに対し、キャップ制対象外世帯の負担増は年間12万円にもなる。特に、世帯年収が910万円以上の世帯は、元々1円も支援を受けていないことも合わせて考えると、この負担のあり方は、とても適切だとは言い難いのではないだろうか。

 これからの物価上昇で否応なく学校の経費は増える。これで授業料が上昇し60万円を超えた分は、全て世帯年収800万円以上のキャップ制対象外の世帯に、事実上押し付けられる可能性を捨てきれないのである。

 もちろん、行政が学校負担を求めている以上、建前上はそうするであろう。しかし実際に保護者ではなく学校の負担としていることをどうやって確認するというのであろうか。結局のところ、この授業料値上げが妥当かどうかで判断することになる。上記例の場合でいえば、60万円から63万円への値上げであれば妥当、72万円への値上げは過剰ということになる。しかし、その私立高校はキャップ制があるが故に、72万円に値上げしなければ、十分な予算を確保できないというジレンマが生じるのである。
 本来、授業料は私立高校の裁量で決めるものではないのだろうか。キャップ制という制度があるが故に、その自由度が損なわれるということになれば、これは私立高校の経営に対する行政の過剰な介入と言えはしまいか。

私立高校無償化の問題点

 ここまで、大阪府の制度を中心に私立高校授業料無償化の実際とその問題点について述べてきた。ここで一つ注意していただきたいのは、これは大阪府の制度の問題ではなく、実は私立高校無償化が本質的に内包する問題だということである。それ故に、本考察は大阪府やこれを推進した大阪維新の会の批判が目的ではないことも併せて理解いただきたい。
 当会としては、松井市長の言われたように、大阪維新の会が全国に先駆けて無償化を進めたことが国政にも影響を与え、子育て支援の拡充につながった側面もあると考えており、その功績は決して小さいものではないと考えている。
 一方で、教育の無償化という言葉、公約が独り歩きし、その陰の部分があまり顧みられることなく進められることへの危惧が、本稿を執筆した大きな動機の一つと理解いただきたい。また、ここでは深く取り上げなかったが、所得制限の問題、特に大阪府の事例では年収800万円の崖の存在も、今後見直しをお願いしたい事項である。

 本稿で取り上げた無償化の問題点は、大阪府で私立高校無償化制度の詳細を検討する過程であげられた課題と重なる内容も多い。次回は、そこで使われた資料なども参考にしながら、教育費支援のあるべき姿を考える一助にしたいと思う。
(その2へ続く)

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