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1人酒場飯ーその41「大森の赤提灯は、僕の心に。暖簾に灯りが帰ってきたあの店で」

貴方が愛していた店が閉店した時、貴方ならどうするのか?

この状況で多くのお店が歴史に幕を閉じている。その閉店にも様々なパターンがある。

店自体を改装するため、ご高齢のために跡継ぎを探さずに引退するため、一旦閉めて次に繋げるため。このほかにも代表的なパターンは多々ある。中には市場の移転で仕入れが出来ずに諦めたお店もある。

歴史を後に繋げられるお店は幸せ者なのかもしれない。

だが、中にはご主人の引退で一度は閉店しそうになるものの、跡継ぎが名乗りを上げて味を蘇らせる場合も存在する。そんなお店に共通して聞くのは常連さんの存在だ。

縁もゆかりもないはずだったが、店という舞台に心を撃ち抜かれてその店に通うようになった。それからその味を守りたいと誓い、客から店の中に入る人々が沢山いるのだ。共通するのは心をつかんで離さない歴史と味、何より思い出なのだ。

 その中でも僕が心惹かれ、ずっと片思いしてきたその店があるのは蒲田と大井町の丁度真ん中にある大森だ。大森も名物の看板を下ろした歴史がある。海苔の養殖業だ。平和島の熱狂はかつて東京湾の一部だった。熱狂は静かな海だった。

時代が流れれば土地の形は変わる。海苔の養殖業は鳴りを潜め、大森は住宅地が中心のエリアへと移り変わっていったのだ。それ故に路地文化は発展し、揃う隠れた銘店が集い始めたのだ。

その土地でひときわ存在感を放つのはオレンジのテントに縄暖簾が眩しく揺れ、店の名を刻み込んだ赤提灯がふらりと揺れる煮込みの銘店「蔦八」だ。

一度しか訪れたことがないのに今でも残るその存在感は僕が追い求めたものだったのかもしれない。

それほどまでに『蔦八』は昭和酒場の面影をそのまま残した教科書のような場所だったのだ。

僕が『蔦八』さんの経緯を知ったのは訪れてから後の事だった。

前置きで書いたように『蔦八』は大森に腰を下ろし、ずっと路地から街を見守ってきた当たり前の風景だった。

だが、店主さんが亡くなられ、それからは奥さんが一人で切り盛りしてきたが閉店を決め一度灯を消し、暖簾を下げたのだ。その時点で当たり前の風景はぼんやりとなくなっていくはずだった。

しかし、その店の味を愛した常連さんが偶然にも銀座にある『銀座じゃのめ』のオーナーさんだったことから一転店の歴史が続くことになったのだ。確かにおすすめ日本酒の書かれたメニューに銀座じゃのめって書いてあったなあ。そんな事を思い出しながら昭和のコの字カウンターに身を委ねていたと思う。

縄暖簾を潜ってコの字カウンターにたどり着いたその夜は忘れない。木目は閉まっていた時間も含めた時代を刻み、ぽうと赤みのある照明が心にしみた。そこは染みついた時代が詰まった古典酒場だった。

木部のカウンター越しに大鍋のもつ煮込みと昔ながらの湯煎が映える。そして値段の数え方は現代的な一面の注文の仕方と色で金額が分かるように札で数える昔ながらを継承する形が混ざり合った新鮮なもの。今では珍しいけど、昔はこんな感じで札での会計の置物系やその場会計も多かったんだよ。

味わった銘物とも言える煮込みには煮込みのみ、豆腐入り、卵入り、両方入りの4つから選べるがもちろん贅沢に両方入りを注文した。牛のモツの様々な部位を歴史の詰まった黒い醤油ベースの煮汁でゆっくりと火にかける。香りがこちらにも漂ってくる。

その煮込みに合わせるように選んだのは鳥取の千代むすびの超辛口の銘柄「こなき」だ。

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絵柄がゲゲゲの鬼太郎の子泣きジジイのジャケットだけにインパクトが強い。千代むすびさんのある鳥取の境港は水木しげるさんの出身地故のパッケージなのでご当地感もまた良い。
 
しかし、この「こなき」は超辛口でありながら米の風味がしっかりと残っており、呑めば奥深くに佇むその姿を感じることが出来ながら、すっと鎌鼬のように鋭くシャープに流れていくジャケ買い泣かせのいい日本酒だった。

そこに合わせるごとく煮込みを食す。

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実に丁寧に仕事をされたモツの旨味が醤油ベースの深い汁に相まってストレートにうまい。今の時代は振興店の薄味煮込みが幅を利かせているが深みに負けないこの濃さが煮込みたる煮込みだ。

甘味と旨味と濃い味と、そこにキャラクターを決定づける内臓類の歯応え。こういう力強さが酒場にはよく似合う。

そこに入った豆腐も芯まで味が染みて個性に溢れている。豆腐も美味くて文句はない。卵もまた王道なり。

どれだけ時間が経って、様々な理由でひっそりと灯りが消える店は少なくない。だからこそ、今歴史を食しているという心が店の歴史を作っていく、助けてくれる。

そんな思いを込めて今回の締めとしたい。

今回のお店
蔦八
住所 東京都大田区大森北1-35-8
お問い合わせ番号 03-3761-4310
         (予約は18時までなら可)
定休日 無し
営業時間 月~土 16時~22時(ラストオーダー21時30分)
     日・祝 15時~21時(ラストオーダー21時30分)

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