見出し画像

1人酒場飯ーその21「ほろ酔い気分のタンメン、半チャーハン。谷中銀座の街中華」

 いい気分だ。谷中霊園の並木通りを抜けて日暮里駅へと足は向かっていた。


 谷中の地ビールがあるという話を耳にして少し足を伸ばして味わってきたその日、少しほろ酔い気味にホテルに戻ろうと思っていた。ふと足を止める。
 

「物足りん」ぽつりと呟いたかどうかは覚えていないがやっぱりつまみだけだったので腹が物足りなく感じていたのは間違いない。

 とりあえず駅前に行けばいいだろう、いや、この際だ。谷中銀座に行けばなんかあるだろう、そう確信して歩を夕焼け通りに向けていた。


 個人的に谷中銀座は昼に一度行っただけだったわけだが、あまりいい思い出が無かった。TVや雑誌で取り上げられる回数が多いのもあって、谷中銀座の中心は観光名所になってしまっていてどの店も混んでいて腰を据えることが出来なかったのだ。

 見事に選んだ店を外したし、人混みに揉まれすぎて気持ちが悪くなった思い出がある。


 観光名所にランクが上がってしまうとギャップを感じてガッカリしてしまうことも多いのかもしれない。


 だが、今は午後7時を回っていた。むしろこれが好機かもしれない。表通りの観光客相手のお店はこの時間帯になると結構暖簾を下ろす事が多い。すると残るのは地元のお客が通う隠れた店が目立ってくる。


 なら決まりだ。通りを表立って歩きながら、一本逸れた道にある店を探してみようか。うむうむ、意気揚々と谷中銀座へと繰り出し、路地を覗きながらゆっくりと夜の商店街の空気を感じて悦に浸る。


 すると、ちょうど真ん中あたりの一本路地に気になる灯りを見つけた。青い灯りの看板に『一寸亭』の文字。縦に流れる電子文字が哀愁を誘う。ふらりふらりと近づくとそこは路地裏の町中華だった。白地の暖簾がまたそそる。

 いいじゃない、丁度腹具合の調子にストンとハマってる、そのまま僕は吸い込まれていく。


 小上がりは賑やか、L字カウンターの木テーブルには飛び飛びで個人客。ちょうどいい居心地を感じながら一番端っこへと腰を下ろす。テーブル席の真上のコルクボードに張り出されたおすすめメニューと楽しげな地元のお客の様子に目を移し、さらにTVに目をやる。画面の向こうでは巨人戦をやっていた。すごく昭和の一頁を切り取ったようだ。

 さて、オススメもいいがまずは基本から。


 豊富なメニューが細かく書かれた表を手に取り、今のほろ酔いに丁度いいものを探す。炒め物の欄を読んでいるともやし炒めに目が留まる。脳がシャキシャキのもやしを求めている。

 それにタンメンと半チャーハンで町中華はしご祭りを始めるとしよう。
よくよく考えても一軒回った後なのによく胃袋が求めるな、と自分でも思う。
だが、『それはそれ。町中華は別腹』などと意味の分からない言い訳を言い聞かせながら注文まで決めてしまった。まあ、たまにはいいだろうよ。


 待ち時間の中でぼんやりと厨房の炎と巨人戦を眺めながら酔い覚ましで頼んだウーロン茶を飲み干す。こんな時間が僕には幸せなのだ。待つ時間は頭を空っぽにさせるための大事な時間。


 ジュア。カッカッカ。火力の中で鉄鍋が躍り、食材が舞う。そんな光景を近くで見ることが出来るのもまた敷居の低い町中華の魅力なんだ。そんな料理風景を覗いているともやし炒めが来た。

画像1


 シンプルだ。もやしが軸でいるがキクラゲ、肉、ニンジンなども共に炒められているため、色合いも鮮やか。だがシンプル故に王道。


 シャキシャキとしたもやしの触感が絶妙な火の通りで生きている。しかも、もやしが絶妙に太い。いいもやしなんじゃないか、これ。味付けもガラを軸に置いたようなお手本のような中華味だ。いいものを見つけた。


 お次はタンメン。これももやし多めの俗にいうタンメンらしいタンメンだ。うん、やっぱりタンメンは野菜が歯応えないと物足りない、凄く絶妙なラインでスープと融合してる。

 しかし、ラーメンと一緒にする人もいるが絶対別の世界だと思う。この奥ゆかしさがいいのだ、ラーメンみたいに無数の組み合わせの世界ではなく、シンプルを往く引き算の世界なんだ。


 そして、トライアングルの布陣の最後を締めくくるのは半チャーハン。

画像2

いや、これほど潔いのは久々だ。チャーシューと細かく刻んだナルト、ネギ、卵のシンプルなチャーハンだが実にこれが美味い。


 ほどよくパラパラ、なのに軽い。なるほど、全体的に下味を軸にしながらも濃い目によることが無いようにバランスよく飽きさせない。家庭的な味というだろうか、毎日食べても飽きない最高の味だ。


 この布陣にやられた、タンメンに酢を入れて最後まで味わい、チャーハンを最後に喰らう。ちょっとのつもりが深みへと誘われたような感じだ。


 谷中の銀座の一本路地で町中華の神髄と出会い、ほろ酔いもいい具合に覚めてきた。このままホテルへ行ってこの味を恋しく思うだろう、な。

 そんな風に思いながら暗闇に落ちた谷中から日暮里に向かっていくのであった。

今回のお店

一寸亭

住所 東京都台東区谷中3-11-7

お問い合わせ番号 03-3823-7990

定休日 火曜

営業時間 11時30分〜21時30分



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?