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1人酒場飯ーその29「レトロ長屋のクラフトビアホール」

 野球が好きだ。球場の空気が好きだ。場面、場面で刻一刻と戦況が変わる詰将棋のような戦術に、オカルティズムではあるが流れというものの存在、ファンの声、響くミットと打球音。全てひっくるめて僕は野球が好きだ。


 人それぞれに好きなスポーツはあるだろう。サッカー好きな人がいれば、テニスが好きな人もいる。バスケに、ゴルフや水泳、走る競技、マイナーなスポーツでもファンは必ずいるものだよ。


 それは好きなお酒も人それぞれ。ビール、焼酎、ハイボール系に日本酒、ワインなど実に多くの種類の酒があって、愛するものも違う。だから一概にこれがオススメとかを押し付けることは難しいのだ。


 だからこそ、今まで歯牙に掛けなかったジャンルでの発見があると衝撃を受けることがある。僕にとってそれは「地ビール」という存在だった。


 そんな地ビールの波は地方だけ、そんなわけはない。都会の真ん中にもクラフトビールを出してくれるビアバーがある。その中でも最もレトロで、痺れる空間なのは谷中にある『谷中ビアホール』だろう。


 観光客で賑わう谷根千エリアの喧騒から逃れるように霊園の並木道をゆったりと歩いていく。僕の心は穏やかに、歴史を感じる空気を身体で感じながらその隠れ場へと向かっていく。

 途中途中の家屋の渋さは谷根千に残されたレトロを今の時代の流れから守り抜いている。


 このエリアは全てが更地になった戦時下の中でそのままの形を残して生き残ってきた大切な場所だ。再開発の意味が分かるがこういう歴史を語る存在は潰してほしくない。


 これまで何度か述べてきたが、僕は人らしさの強く残る地域の空気は絶対に失ってほしくないと願っている。失ってしまえばそれは損失であり、人の繋がりを排除することにつながってしまうのだから。どれだけ時代が変わってもそれだけは捨ててはいけないんだ、僕はそう考えている。


 エリアに沿って歩くと木看板が見えてくる。『上野桜木あたり』。誘いを受けて、矢印の方へと向かうと突如としていぶし銀の三軒屋敷が現れる。

 ここが僕の目指していた場所。この古民家はレンタルスペースとお店と路地、民家が一つになった複合施設であるがどのお店も個性的だ。

 一番入り口にあたる部分にお目当ての『谷中ビアホール』があるが、奥に行くと古井戸を境に日本では珍しいサワードゥブレッドという酸味の強い西洋の酵母パンのお店「VANER」、オリーブオイルの専門店「おしおりーぶ」が併設されている。


 少し昭和へ浸ったらクラフトビールを呑みに行こう。ふらりと古民家へと足を踏み入れるとそこは昭和そのもの。

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2Fで風に当たるもよし、真夏に外で田舎を感じながら呑みあうもよし。そこは日本のかつての暮らしそのものがあった。今は帰らぬあの時代よ。


 さて、谷中ビアホールの名を冠しているだけあって、ここの最大の売りは8種類のクラフトビールだ。その種類の中でも「谷中」シリーズが看板中の看板だ。

 4種の味わい、ドライ、ゴールデン、ビター、ビールの4つをまとめて味わおうか。谷中シリーズ呑み比べセットで贅沢に、喉を潤す。


 おつまみに選んだのはスモークベーコンのポテトサラダと鶏のハラミ焼き。香りと濃い味両方でバランスを取らせてビールを目一杯に味わう算段だ。

 ニヤリと笑ってしまう、このテイスティングセット。4つの味が並ぶ様はなかなか壮観だ。黄金色の液体は絶妙に色合いが違う。作り方でこれほどまで容姿が変わるか。


 まずは谷中ドライから一口。おお、実にすっきりとした切れ味で軽やかに泡が解けていくとにかくのど越しが良い。乾杯に最適というのは良く分かる。


 次は谷中ビール。ビールという名前だが少しビターに近い黒茶系の色だが味わいは丸みを帯びた苦みと爽やかさの程よいバランスがきめ細かい一杯だ。ポップの香りと香ばしさが活きているため、ビールらしいビールだ。


 次に谷中ゴールデン。個人的にはこれが一番好きだ。華やかな味わいとドライよりは若干重いものの喉を通る軽さの中で果実味と苦みのラインが綺麗な二重奏を奏でている。花形スターの印象だ。


 最後は谷中ビター。これはドシンと舌に響いてくる苦みが特徴だ。重いだけでなく苦みの奥底へと味蕾が引きずり込まれていくとその中に谷中ビールのような旨味も残っている多重立体に計算された一杯だ。これはヨーロッパ系に近いのではないか。


 とにもかくにもこのご当地ビールに出会えた事はこの古民家のようにずっと舌の中にセピア色の歴史で記憶される衝撃だった。


 ポテトサラダと鶏ハラミを当てにしながら、各種を味わう。ジャガイモと合わせる事でさらに味の引き出しが広がった感もある。

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喉が湿るどころか、感動でびしゃぬれになっている。いやはや、とてもいい1人の時間だ。

 夕暮れに黄昏て、古民家でビールを味わい尽くす時間。これほどまで贅沢な時間があっていいのだろうか、僕はただその時間を楽しむように流れに身を任せていく。

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 それは昭和でなくて、今なのだ。今、景色はセピアの中に解けていく・・・。
大人だけのレトロな時間、皆様もどうですか?

今回のお店
谷中ビアホール
住所 東京都台東区上野桜木2-15-6 上野桜木あたり 1-1F
お問い合わせ番号 03-5834-2381
定休日 不定休
営業時間  月 11時~15時
     火~日  11時~20時30分

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