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ロンドン遠吠え通信 Vol.3

「コレクションの文化について」
引き続き、「ロンドン遠吠え通信」(メールマガジン「Voidchicken nuggets」に連載。2014〜15)より、Vol.3です。



ロンドン留学中の筆者がキュレーションにおける文化的差異について考えてみている連載です。第三回はコレクションの文化について。なんかこっちって家の中の様子が違う・・・と気づいたのは、クリスマスに招かれたとあるお宅にて。家の廊下や部屋の壁におびただしい数の絵画が飾ってあります。プロのものともアマチュアのものとも判断がつかない絵画群に、一緒に居た聡明なクラスメイト、ネフェルティティは「ちょっとどうかな?と思うセレクションだけど・・・そうね、みんな自分に関係があると思えるものを買ってきて飾るのが好きよ」。この家は特に多かったのですが、こちらに来てからお邪魔する機会のあった邸宅はどこも、たいへん多くの美術品・工芸品(注)が飾られていました。

最初にステイ先としてお世話になったところのご主人も、特別お金持ちというわけではないようでしたが、家中のいたるところに絵画、写真、そして美術工芸品があり、コレクションが生活の一部になっていることが伺えました。彼は「コンテンポラリー・アートは正直あまり好きじゃないんだよね」、と言いながらもそれなりに目を配ってはいるようで、ご自慢のサム・フランシスを私に見せてくれたりもしました。

ある日その彼が、アンティークアートフェアのチケットをくれたのです。公園に設置された巨大テントで行われていたそのアートフェアは、なかなかハイソサイエティな雰囲気で、白手袋をした係員がセキュリティチェックのため私の提げるスーパーの青いビニール袋を開けさせた時には、ちょっとモジモジでした(納豆とか入っていた)。アンティークとは銘打っているものの、工芸品や古い時代の美術品だけでなく、現代作家の作品も置いてありました。会場には若いカップルから年配の方々までさまざまな年齢層が訪れており、熱心に出品物を吟味しては店のスタッフ達と会話を交わしています。この熱気、日本で言えばコミケ・・・はさすがに言い過ぎかもしれませんが、物欲でテカテカした感じの人々で一杯、という会場のイメージは伝わるでしょうか。

「ああ、こういう土地に来たんだな」と思いました。自分の目で見て、自分の基準に照らしてそれなりのお金を出してモノを買って、家に飾る文化のある土地。そういえばテレビでもお宝鑑定団的な番組が何種類も放送されています。そこでは、「どこそこでいくらいくらで買ったんだけど・・・」「それはいい買い物をしたね!これはその10倍は価値のあるものだよ。どうする、売る?」「まあ、そうなの!嬉しいわ。でも売らないで、手元に置いておくわ。思い入れのある品だから」というやりとりが延々と繰り広げられています。この土地における「美的なものを自身で価値判断し、それが後に認められる」というストーリーの人気のほどが伺われる光景です。

日本でもコレクターの存在が注目を集めるようになってきていますが、もうずっと前から膨大な市民コレクターがいて、そういう人々のためのマーケット(市場)、つまり長い年月をかけて醸成された「お買い物文化」がある──つまり、鑑賞者サイドでは、自分の家に飾ると思って見る習慣がある/買い物に際して周囲の人と話をする習慣がある、あるいは、マネージメントサイドでは、飾るものに自分の判断で大金を出す文化がある/そういう人に“商品”を供給する仕組みがある(アートをめぐるお金の動きがある)──そんな土地のアートはさぞかし事情が違うだろうとつくづく思ったのでした。(2014年5月27日)

注:美術品と工芸品、また一方で、プロのものとアマチュアのものが「飾るもの」としてシームレスにつながっているのも個人邸宅内コレクションの特徴でしょうか。これらを分けて考えるのはインスティテューショナルな(大学や美術館などの施設に依拠した)態度なんですね。



初出:メルマガ VOID Chicken Nuggets 2014.05月27日号
https://mlvoidchicken.tumblr.com/post/86998030848/2014%E5%B9%B405%E6%9C%8827%E6%97%A5%E5%8F%B7-%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%AA%E3%82%89yahoo%E9%99%90%E5%AE%9A%E5%8F%B7


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