鈴木朖《言語四種論》全文
凡例
富山市立図書館のウェブサイトに公開されている文政七年刊本書影より写す。
原文では地の文が片仮名書きされているのを、平仮名に置き換える。
原文の仮名の合字は、単音の仮名に開く。
原文の「也」の略体は、「なり」に置き換える。「時」の略体は「寸」に置き換え、「とき」と仮名を振る。
原文にある振り仮名は片仮名のままとし、いま補うものは平仮名とする。
小書き二行としてあった所は括弧に入れる。
中抜き傍線を引いてあった文字は、太字とする。
濁点が省かれていたものは補う。
原文では句点と読点の区別なく、文の切れ目には右下付きの黒点が使われていたが、意を汲んで句点または読点に置き換える。補入はしない。
漢字は現在通行の字体に置き換える。ただし、常用漢字による書き換えはしない。仮名遣いはそのままとする。
原文では段落の区切りに改行なく、ただ○の挿入によって示されていたのを、いま○を除いて改段する。
語を列挙したものの区切りに中黒を補った所がある。
言語四種論目録
言語に四種の別ある事
体ノ詞の事
形状ノ詞・作用ノ詞の事
テニヲハの事
言語の根源又四種の詞相生する次第
右言語の四種にわかるヽ事は、大方万国の言語みなかはりなし。但し外国は、我御国の如くなる精しきテニヲハなき故に、たヾ其趣のみの別ちなり。我御国のは、テニヲハにて其姿いとさだかに別れたり。委しくは本書を読て知べし
鈴木朖しるす
言語四種論 離屋鈴木朖著
言語ニ四種ノ別アル事
詞に四種の別とは、一つは万つの名目にて、体ノ詞。又動かぬ詞と云。一つはテニヲハ。一つは形状ノ詞、一つは作用ノ詞。此二つを合せて、世には用ノ詞と云。又働ク詞とも、活用ノ詞とも、活語とも云。終りに附くもじ、断続きに因てかはる故なり。かくて此四種の別ちの委しき子細、又其一くさごとに、各聊つヽの別ちある事は、次々に論らふを見るべし
体ノ詞の事
体ノ詞を二つに別くれば、形ある物と形なき物との違ひあれとも、揔て物にても事にても、形状にても理にても、何にても、一方に定めて指し呼ぶ名目の詞は皆是なり
体ノ詞の終りにつくもじ共の韻、第一のアの韻より、第五のオの韻まで、有ずと云事なし。其中には第三のウの韻のもじのつく事やヽ少きやうに覚ゆるは、其故ある事なるべし
終りに附もじの動き働く事なし。されど天をアマ何、又アマの何、酒をサカ何、竹をタカ何と云類ひあり。又手をタ何と云ひ、又火をホ何、又ホの何、木をコ何、又コの何と云たぐひあり
しわざの詞を転して体ノ詞とする事あり。終りのもじ、第二のイの韻と、第四のエの韻とにかぎれり。断続譜(我が著せる活語のきれつヾきの譜なり)の第四等これなり。但し人の名となる時は、第三の韻にても、やがて体ノ詞の格なり。
テニヲハを転して名目とする事、物のあはれを知のあはれ、不も諾ものイナ・ウ、あやにかしこしのアヤ、此たぐひ皆心ノ声にして、テニヲハのたぐひなるを、かく様に云寸は、体ノ詞に転ぜるなり
体ノ詞の活語になる事、是は本珍しからぬ事なり。活語の終につける、働くテニヲハを取棄てれば、名目の詞なるが多く、さもあらぬも全く同しすがたなり。然れは体ノ詞に働くテニヲハを添たるが、やがて活語なり、と云てありぬべし。猶下に論ずるを見るべし
名目の辞の終にも、テニヲハのつけるがあるは、一つ二つのつ、廿ち卅ぢ百ち千ぢのちなり
形状ノ詞作用ノ詞ノ事
用ノ詞、ハタラク詞、活語なと、古来一つに言来れるをば、今形状作用と、分ちて二種の詞とせるは、終に附てはたらくテニヲハの、本語にてきれ居わりたるもじの、第二のいの韻なると、第三のうの韻なるとの差別なり。第二の韻なるはし・りの二つなり。しは、きら/\し・すか/\しなとのしにて其意しらる。即俗に何々しいと云しいのこヽろにて、其有様を形容いへる詞なり。けし、(しづけし、はるけし)たし、(うれたし、めでたし)めかし、(ふるめかし、おぼめかし)なとのしも其類にて、高し・卑し・善し・悪し・悲し・楽しのたぐひのし、皆同意なり。りは有りなり。あはあり/\、あざやか、あらはる、あきらかのあにて、物につヾく寸は省かれ消るなり。居は、井ありなし。聞けり、見たりは、聞あり、見てありなり。往り、還れりは、ゆきあり、かへりありなり。かくりもじを終につくる時は、本作用ノ詞なるも、皆其形状になるなり。さればこのし・りの二もじにてとまる詞は、すべて皆物事の形状なり。第三の韻なるは、く、(明く、行く)ぐ、(揚ぐ、下ぐ)す、(刺す、馳す)つ、(当つ、勝つ)づ、(撫づ、恥づ)ぬ、(往ぬ、兼ぬ)ふ、(逢ふ、買ふ)ぶ、(浮ぶ、並ぶ)む、(編む、咬む)ゆ、(癒ゆ、消ゆ)る、(借る、去る)う、(居う、衝居う)の十二なり。くはめく(あだめく、こめく)の類。ふはなふ(伴なふ・荷なふ)の類。すは為なり、令なり。ぶはぶるの意ならんか。ふ・ぶ・むは相通ふ事あり。此十二もじのテニヲハの意には、種々別ちあるべけれども、一にいへば皆為と同韻にて、此韻にてとまる詞は、皆作用なり。人にても物にても何にても、動き働き移り変るわざをいふにて、是をこそは用ノ詞として体ノ詞と反対すべきに、かの形状ノ詞をも、一つに用ノ詞といひ来るは、少しいかヾにて、形状は体に近き所あり。其証は、善し悪しのと云ひ、有りのまヽと云ふたぐひ、のもじに続くさま、体ノ詞の格に同し。又作用ノ詞の終を、第二の韻に転して名目とする事あり。御行、御執、使人、恋情の類なり。是第二の韻には定まりたる形の意をもちて、形状ノ詞の体に近きは、此故にてもあらん歟。されども体ノ詞には働く事なきに、此二つ共に終のテニヲハ動き働ク故に、一つにして是を働ク詞、又活語、又活用ノ詞などいはんは、さる事なり
形状ノ詞の終、しとりとは同韻ながら、一つには云がたからん歟と問ふに答へけらく、ありとなしとは、反対の詞なり。又善し・悪しと云も、善かり・あしかりと云も、異なる意なし。又漢籍訓に何々然たりと云事は、何々然とありにて、即何々しと云に同し。是等にて二もじの意は異なりながら、同じ趣なる事を知べし
悲し・楽しと云心の形状、悲しぶ・楽しぶと云寸は、しか心の動く作用となる。恋ふ・憂ふと云心の作用を、こひし・憂はしと云寸は、其心の状となる。是二種の詞の互に相変ずる例なり
体ノ詞にテニヲハをそへて二種の詞となる事、譬へば青・白・黒と云は、さる色共の名目にして、体ノ詞なるを、青し、白し、黒しと云へば其形状になり、青む、しらむ、黒むと云寸は、其動き変ずる作用、それを又青めり、白めり、黒めりと云寸は、又其形状となるなり
テニヲハにテニヲハを添て用ノ詞とする事、よぶのよ、をめくのを、あはれむのあはれ、いなむのいな、此たぐひ皆詞にあらぬ声なれば、テニヲハのたぐひなるに、第三の韻のもじをそへて、作用ノ詞としたり。第二の韻にて形状ノ詞とする事はあやし、かなし、いまだし、げに/\しの類なり
漢語を和語の格に働かし用る事、中昔には執念がましき事をしふねし、しふねくなどいひ、装束するをさうぞく、さうぞきなど云たぐひあり。今の俗料理するをれうる、彩色するをさいしく、乞食するをこじくと云類おほし。是又作用と形状とによりてテニヲハの別るヽ趣、かはる事なし
詞のみにて附たるテニヲハのなきを体ノ詞とす。働くテニヲハの附て、第二の韻にてすわるを形状ノ詞とし、第三にてすわるを作用ノ詞とす。漢国には此つきたるテニヲハなき故に、此三種の詞のわかち、たヾ意のみに在て、詞の上にては別ちあらず。皆此方の体ノ詞の様なる物ゆゑに、おのづから意も互にまぎるヽ事多きなり。彼方の古書の詞の解り難きは、すべての詞にテニヲハの働きなうして、過たる事なりや、今の事なりや、行末のあらましにや、又さありと云にや、させよと命するにや、何とも別がたき事の多きによれり。されば注釈に種々の説出来て、一つに落がたきなり。此活語のテニヲハの精しきを見てこそは、我御国の言霊の貴く妙にして、万国の言語のかけても及ばざる事は知られけれ、其定れる規格は、師の活語活用格と、おのが著はせる活語断続譜とを見てしるべし
テニヲハノ事
テニヲハヽ、モロコシにては語声、又語辞、又助辞、又嘆辞、又発語辞、又語ノ余声など云類ひに揔べて当れり。辞は辞気ともいひて、心ノ声なり。されども唐の語辞はいと/\粗き物にて、我御国のテニヲハの精く詳にして、条理の細やかに分れ、規格のよく定れるには似るべくもあらす。御国の詞の万国にすぐれたる所は、専このテニヲハのめでたきに因れる。委しくは我師ノ詞玉緒を見て知べし
前の三種の詞と、此テニヲハとを対へみるに、三種の詞はさす所あり。テニヲハヽさす所なし。三種は詞にして、テニヲハヽ声なり。三種は物事をさしあらはして詞となり、テニヲハヽ其詞につける心ノ声なり。詞は玉の如く、テニヲハヽ緒のごとし。詞は器物の如く、テニヲハヽ其を使ひ動かす手の如し。されば体ノ詞にテニヲハを添て活語となり、其死活の詞どもをは、又テニヲハして貫連ね使ひ動して、万の詞となる。詞はテニヲハならでは働かず、テニヲハヽ詞ならではつく所なし
されど又独立て詞を離れたるテニヲハあり、これ一つ。詞に先だつテニヲハこれ二つ。詞の中間にあるテニヲハこれ三つ。詞の跡を承てとむるテニヲハ是四つ。活語の終につきたるテニヲハこれ五つ。附にはあらで跡を承け、又中間にもありて、切れも続きもして働くテニヲハをそへて六なり。下に各聊つヽ挙るを見るべし。
独立たるテニヲハ。あヽ(嘆く声、又笑ふ声)あはれ、あはや、あや、あな、あなや、(ともに驚き嘆く声なり)や、やよ、(ともに呼声なり。又なげきのやは、詞の終につくやうなれど、きれたる詞を受たれば、必つきたる詞と云にもあらず。上のあはや、あなやのやに同じ)を、(よぶ声)いな、(否む声)をヽ、(誉る声)う、(うべなふ声)幾、何、誰。(此三つ共に不定なる物事をうたがふ声なり。なほテニヲハをそへて活用いとおほし)是ら本より三種の詞の類にあらず。又詞につらなるテニヲハの類にもあらねども、人の心ノ声にあらはるヽにて、テニヲハの本体なり。さてかく独立たるテニヲハなる故に、転しては体ノ詞ともなり、又種々テニヲハを添て活語ともなるなり。(証は前に出)
詞に先だつテニヲハ。はた、又、いで、あに、などか、そも/\、まだ、なほ。此内そも/\のそ、まだのま、はた、なほは、本は詞なるが、変じてテニヲハのやうになれるなり
詞の中間のテニヲハ。の、(之)つ、(天つ風。沖つ波の類)に、を、は、ば、も、かも、(ひとりかもねんのかもなり。又たヾ)か(とも云)ぞ、(なも、なんおなじ)し、(花をしみればのたぐひ)や、(疑ひのやなり)こそ、い、(古語にあり。よのたぐひなれども、よはとまる事あり。いはとまらず)と、(と云、とおもふのとなり)ど。(どものどなり)
詞の後なるテニヲハ。か、かも、かな、が、(がものがなり)がも、がな、な、ぞ、よ、ね、も、はも、や、はや、やは、ばや、かし、らし、ず(不の字の意なり。此ずに有をそへて働く事は下にいふべし)
活語につけるテニヲハ。形状ノ詞に二つ。(し、り)作用ノ詞に十二。(く・ぐ・す・つ・づ・ぬ・ふ・ぶ・む・ゆ・る・う)上にすでに云
詞の跡を承てきれもし、又働きて下につヾきもする事、活語の終りのテニヲハの如くなるあり。其すわる韻の必第二と第三とにかぎる事、活語に同じく、其こヽろの形状と作用とにわかるヽ事も、大方は同し。其テニヲハヽ、ごとし、べし、まし、り、たり、なり、せり、けり、めり、き、さてはず、む、らむ、けむ、せむ、てむ、なむ、ぬ、す、つ、これ等なり。先ごとしは、活用格の第二十七会の格にて、物事の形状を譬ふる詞なり。次にべしは、これも同じ格にて、事の状を推はかり定むる詞なり。りより下の六は、皆ありなり。たりはてあり、又とあり。なりはにあり。せりはしありなり。けり・めりはしられねども、働く格上に同じく、其うへ事のさまを定めはかる詞なれば、そのりは疑ひもなく有なり。きはけりのこヽろに似て、下につづく寸はしとなるなり。不は本うごかぬテニヲハなり。ぬ・ね・じと働くは、ありをそへて、ずありの働きなり。古語にに(せんすべしらになどの類)といふは、即ずありなり。ぬはざる、ずあるなり。ねは、ざれずあれなり。じは、ずあるべしなり。むよりなむまではめと働き、ましはまくと働く。むはきれもつヾきもし、ましはきれ、まくはつヾくなり。ぬは往、すは令と為にて、此三つは作用の詞のテニヲハの如くになれるなり。つは、て、(而の意なり)つる、つれと働く事、又其下につヾくさま、活用格の第九会の格に大形同し
言語ノ根源、又四種ノ言語相生ズル次第
人の心の動けるさま音声にあらはるヽは、テニヲハのはじめなり。さればテニヲハヽ詞の骨髄精神にして、言語の大宗なり。かくて其音声を以て万の物事に名目をつけてしるし別つ、これ体ノ詞のはじめなり。体ノ詞をテニヲハを以て貫き連ねはたらかし用る時、テニヲハと体ノ詞と一つに合て、二種の詞となる、これ形状ノ詞と作用ノ詞とのはじめなり。しかれば四種の詞を本に反り離ち見れば、たヾテニヲハの声と、万の名目の声との二つなり。テニヲハの声は、我心のさまをわかちあらはし、名目の声は、万の物事を別ち顕はす。物事を声を以て別たんとするには、声を以て其さまをうつしかたどる事あり。此事は別に音声考と云ものを著はして、詳しく論しおけり。こヽにはたヾ、テニヲハの声の詞につきたる活語の中に、形状と作用との別ある事をば、いさヽか思ひ得たる趣をば物しつる序に、四種の詞の別ちまでに及べるなり
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