日本語の語順についてのいくつかの観察
(承前)
今回は、語順の原理について考える前に、いくつかの基本的な構文について、もう少し見ていきたい。
他動詞文
前回もとりあげたような西欧言語の他動詞構文、つまり
6)I bite you.
といった文が基本的にどのような語順をとるかは、いろいろな言語を比べるときの指標として使われることがある。この英文のような「主役・動作・脇役」という語順は、専門的には「SVO(主語・述語・目的語) 型」という。これに対して、日本語の
7)オレがオマエをカジる。
のような語順は「SOV 型」という。この型は世界言語のなかで、最もふつうであるといわれる。
基本的な語順というのは、どのような言語にもあるようだが、それに拘束される度合いは、それぞれ言語によって差がある。英語などの現代の西欧言語は、一般に語順が固定的であるのに対し、日本語は自由度が高い。それで、
8)オマエをオレがカジる。
のように7)の語順を逆にしても名詞の配役は変わらない。これは「〜が」「〜を」のような助詞が配役を保証するからであり、もしこれを抜いてしまうと、
9)オレオマエカジる。
10)オマエオレカジる。
9)は7)と同じになるが、10)は、
11)オマエがオレをカジる。
という配役として理解されるべきである。このように助詞がなければ、先頭の名詞は、その文のなかにある動詞が示す動作を演じる主役の位置になりやすい。ただしその名詞が、動詞の示す動作をしうる存在として認識されない場合、たとえば、
12)ラーメンオレ食べる。
のような文は、人喰いラーメンのような化け物が登場する漫画などの中でもない限り、ふつう「オレがラーメンを食べる」のような配役となるだろう。
このように、日本語の文においては、語順・助詞・語彙・状況といった要素が、名詞の配役を決めるために関与しているようである。語順の原理が根底にはあり、他の要素はその働きを調整しているようである。
ウグイス構文
動詞については、日本語のそれは文末に拘束される性質が強いとはいえ、必要とされれば「鳴くよウグイス平安京」のように、文頭にまで出てくることができる。すなわち、
13)カジるよオレオマエ。
のような文の配役も7)や9)と同じになる。「オレ」は助詞を従えていないが、9)の場合のように文頭にあるのと同じ扱いになる。名詞の配役が語順によって決まるときに、動詞との位置関係は影響しないと言える。
象は鼻が文
「象は鼻が長い」のように「何は何がどう」という文は、日本語ではごくふつうのもので、例文をひねりだすのに全く困らない。「ラーメンはとんこつが好き」「犬は走るのが速い」「猫は鳴き方がにゃあ」など、いくらでも考えつく。
しかし、英語など西欧言語にはこれに相当する構文がないといわれる。こうした文は「二重主語」であるなどともいわれるが、そのように呼ぶのが適切であるかどうか、語順の原理や主語の定義をどう理解するかに関わる。