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車いす、旅に出る(北海道・後編) 富良野から札幌プチ観光

2日目も朝から曇っていた。


とは言え昨日よりいいのでは、と希望的観測に後押しされて朝食へ。朝食はバイキングだった。杖をついて行ったのだが、それを見たホテルのスタッフが手伝いの人を手配してくれた。左手が杖、右手が麻痺の私は、自分で事情を説明して頼まなければならないと思っていたが、取り越し苦労だった。朝は特に忙しいはずなのに、助かったし嬉しかった。

列車の時間まで余裕があるので、ワンブロックだけホテルの周りをリハビリで歩いた。富良野に来てこの街を歩いたら、ちょっとだけ気分がいい。遠くの山々を見ながら歩くと、視線も上がって姿勢が良くなるのではないか。地元の人が一人、庭で黙々と作業をしていた。

ホテルの周りを散策

観光農園へ

時間が近づいたのでホテルを出た。曇ってはいるものの、雨は降らなさそうだと安心した。ところが駅に着くと、すごい勢いで雨が降り始めた。スコールのような降り方を見て、運搬車で運ばれて行く私は、がっくりと肩を落とした。今日がメインイベントなのに。雨は苦手なのに。何だ北海道にスコールって。仕方なく頭からレインコートを被って見学することを覚悟した。

雨を見ながら運搬車で階段を運ばれていく

ホームに着くと富良野駅始発の臨時列車・ノロッコ号が入線してきた。これで臨時駅のラベンダー畑駅まで乗って「ファーム富田」という観光農園まで行く。

ノロッコ号の3号車

ラベンダー畑駅に着く直前にレインコートを用意して雨に備えた。臨時駅らしくホームには屋根はない。トタンでできた雨よけの建物がホームから離れたところにあるだけで、あとは雨ざらしである。降りる人は皆傘を出し始めた。スロープをかけてもらって、ため息をつきながら最後に降りた。


10分程進んでファーム富田に着いた。どうやら有名なラベンダー畑らしく、駐車場には観光バスがびっしり止まっている。まだ畑全体は見えないが、ラベンダーの香りに包まれていて、期待感を高めてくれる。この香りは、ここにこなければ味わえないのだろうと思った。写真では感じられないが、香りは雨でも楽しめる。
とりあえず雨宿りしようと、屋根のあるベンチに入った。記念にレインコートを被った残念な私を写真に撮ろうと思ったが、見ると雨がやんできている。まだ小雨だ。これでは写真に雨が映らないなと不謹慎なことを考えていると、完全に雨は上がっていた。期待してなかった分、曇りでもうれしい。むしろ雨の影響で人がそれほど多くなく、写真が撮りやすいかもしれない。今日もラッキーだ。

場内は基本的にコンクリート舗装で行きやすい。ところが畑は斜面に作られているため、坂は多い。WHILLでも危険な坂はいくつかあった。例えばお土産屋の前の坂を降りようとしたが、危険を感じてそこを避けた。他にも途中に砂利の道があり、どの道がいいか判断することもあったが、結果的にはどこでも行けたと思う。

雨も上がって、ウキウキしながらラベンダー畑を進む。花と香りが視界いっぱいに広がって、私は大きく息をする。ラベンダーの他、マリーゴールドやポピー、カスミソウなど、赤・黄・白に紫の花と、色とりどりの花畑に魅了される。花畑などそれほど来ないので、これほどの花をいっぺんに見たことはないはずだ。思わず写真を撮りまくった。人が映るのも気にしない。しかし最後に数枚だけ、人が入らないように粘って取ったら、そのうちの1枚は雲が晴れて青空がのぞいた写真が取れた。非常に満足だ。

最後に、ラベンダーソフトクリームを売る店を見つけて思わず頼んだ。片手で食べるのでコーンにした。ところが受け取ってしまうとそこから動けなくなってしまうので、店員さんに頼んで店の外まで持ってきてもらった。
口に含むと、ラベンダーの香りがしてとても美味しかった。しかもソフトクリームがコーンの底までぎっしり詰まっていて、驚いた。この日は30度まで上がったから、急いで食べても溶ける溶ける。うれしい悲鳴を上げそうになった。

指をなめて完食。ごちそうさまでした。見渡したがゴミを捨てるところがないので、申し訳ないが店員さんに預けた。その時、うれしい悲鳴のことを伝えたが、店員さんはにっこり笑って「お客さんに喜んで欲しいからね」といっていた。

帰りの列車の時間があるので、早めに引き上げることにした。臨時駅でノロッコ号を待っている間、おそらく香港か台湾の人で家族を連れたお父さんが、私になにやら英語で質問してきた。「駅が封鎖されているが、駅員はいないのか?今日は休みなのか?」と聞いているようだ。周りに人はいるのに私を選んで声をかけてきたことは、うれしいと同時に驚いた。
ここは臨時の駅だ、駅員はもうくるだろうし、問題ない、と答えた。初めてしゃべったが、英語もゆっくりだったらなんとか話せる。問題は語彙が足りないことだ。勉強してないからで、これはしょうがない。

左の見切れている人がJRの社員と思われる

しばらくするとJRの社員と保線作業員が2人で来た。社員と思われる人は、スーツの上着を脱いだ格好で、制服ではなかった。もしかしてメール対応してくれた人では?と思ったが詳しく聞くのを忘れた。今はかき入れ時で忙しいのに、わざわざ私の乗車対応に対応してくれて申し訳ないと伝えたが、「今年はコロナから回復したこともあり、たくさんの方が来てくれて、私も嬉しいです」と。言ってくれた。
ノロッコ号が来た。帰りの列車は雨も上がって、開け払った車窓の景色も良く、私の心も晴れやかでいい気分だった。

車内の様子。皆車窓を楽しんでいる
牽引する機関車

計画は上手くいかない

ホテルへ戻って近くの飲食店マップをもらい、夕食をどこで取ろうか考えた。北海道に来たならジンギスカンなんかどうだろうと、目ぼしいお店を選んで行くことに。ここでWHILLの充電池が残量50%を切ったので、念のため交換した。
マップによるとジンギスカンの店は不定休だが、運悪くこの日が休日だったようで営業してなかった。仕方ない、他の店をさがそうとまたマップとにらめっこして適当にお店に行った。ところがその焼肉屋は韓国式でジンギスカンでないから違う感じがする。やめよう。
今度こそと、海鮮の美味しそうな店に行ったが予約で満杯で入れない。さて困った、どうしようと途方に暮れたとたん、雨が降ってきた。
これはやばい、WHILLは防水ではないしピンチだ。あわてて周囲を見渡したら、雨の凌げそうな店構えが目に付いた。暖簾の奥の入口は、屋根の下なのでWHILLを置くにも雨が当たらずちょうどよい。選んでいられないので、勝手ながらここに決めた。

お店は「侘助」という。以前パソコンで調べた時に見ていたのだが、普通の日本料理の店なので私の頭のリストに残ってなかった。WHILLを降り、杖を持って引き戸を開け、店員さんに「入れますか?」と声をかける。予約かどうかまた聞かれたが、1名の飛び込みとわかると「ちょっと聞いてみます」と裏へ入っていった。
店内を見渡すと、和の風情が感じられて人気のお店のようだ。お客さんも多い。1人だけならなんとかならないものか、と祈るような気持ちで待っていた。
しばらくすると、「カウンターでよろしければ」と奥のカウンターへ通された。軽く心でガッツポーズ。

そこは静かで落ち着いた雰囲気だった。「ここでいいですか?お決まりでしたらお声をおかけください」と忙しそうにお箸とメニューを置いていった。カウンターは高めの椅子だった。私は障害を得てから、床に足がつかない椅子に座ったことがない。若干ガッツポーズを悔やんだが、思いのほか簡単にのれた。椅子とテーブルの両方に足置きがついていて、長く座っても足が痛くならず快適だ。
メニューを見る。純和食なので北海道らしさには欠けるが、まあいいだろう。コース料理が2つ、一品料理がたくさんあって、ドリンクか。コース料理は量によっては残すかもしれないので避けておこう。一品料理を1つ2つ頼んでご飯セットをつければいいだろうか。ご飯セットはご飯とお味噌汁と漬物2つがついてくるそうだ。軽めのドリンクもつけようかな。知多のハイボールを1つ。こんなもんだろう。さて、一品料理はどうしようか。1つは豚の角煮。もう1つは鮭の南蛮漬け。少しでも北海道らしさを感じたいのだ。

少し待っていると、品の良いお皿に盛った料理が運ばれてきた。なんだか美味しそう。
まずは鮭の南蛮漬けをいただく。美味しくて「うまっ」と声がでた。鮭は柔らかくて味もしっかりしている。酢でしめているのだが、後から柑橘系の香りがする。店員さんに訊いたら、レモンを絞って皮も入れているのだそうだ。入れ方がさりげなくて上品だ。
次は豚の角煮。箸でほぐれるほど柔らかい。頬張れば上品な煮汁の味が口いっぱいに広がる。うまい。プルプルで歯がいらないんじゃないかと思う。ごはんともまた合うのだ。付け合わせのさやえんどうもシャキシャキしていいアクセントになっている。次は何を食べようか箸が迷う。
行き当たりばったりで入ったお店でこんなにうまいものを食えるとは。知多のハイボールもさわやかだ。雨には降られたが大当たりである。

お店を出たら雨は止んでいた。お腹いっぱいになり満足してホテルに帰る。部屋で準備して大浴場に向かう。昨日はホテルの車いすを借りたが、今日は思い切って車いすを使わずにWHILLで行こうと思う。もともとは脱衣所の大きさや配置がわからなかったので、念のため我が家の風呂と同じ条件になるように、折り畳み椅子の代わりに車いすを借りたのだ。しかし昨日入ったら、ベンチとロッカーが手の届く場所に配置されていると分かったので、これなら車いすなしでもできるかもしれないと思ったのだ。
結果は上々だった。まずWHILLを玄関に置いて上がる。狭いが迷惑はかけないだろう。脱衣所は思ったよりもうまくいった。早い時間で混んでなかったのも良かったのかもしれない。洗い場は、身障者向けのイスが1か所あると気づいたので、今日はそこを使った。浴槽は昨日と同じところに入ったのだが、前日にいろいろ苦労をしているからか、昨日と比べるとすんなり入ることができた。こういう風呂にも徐々になれていくのだろうと感じた。これからも慎重さを忘れてはいけないが。


最後の朝

ホテルの屋上テラスから

今日は富良野を出て札幌へ向かう。今日も雲が多くぱっとしない。でも昨日より天気は良いので、屋上のテラスで写真を撮った。
朝食だが、今日は人がつくのではなく専用のカートを貸してくれた。片麻痺だけでなく、お年寄りにも使えるものだ。これでじっくり選ぶことができる。このような物があるとは知らなかった。

荷物をまとめて駅へ向かう。9時7分の列車に乗るが、駅員から30分ほど前に来るように言われていたので、8時過ぎには駅にいた。
そこには待合所もあって、静かで懐かしい雰囲気がする。おばあちゃんが一人で切り盛りする立ち食いそば屋があった。香りにつられて食べてみたくなったが、お腹が痛くなるのでやめておいた。

ゆったりと時間が流れる

しばらくすると駅員さんが近づいてきて、「おはようございます。○○さんですね」と声をかけてくれた。車いす対応も3日目となると顔と名前を覚えてくれたのだろうか。列車は隣のホームに来るので、2人がかりで対応してくれた。一人は運搬車の運転、もう一人は他の歩行者の安全確保のために。1日目は1人、2日目は2人だった。時間帯によって人数を変えるのか。障害者サービスとはいえ、申し訳なく思った。

隣のホームに着いた。まだ列車が来る前で時間があるということなので、運動のため車いすから降りて歩いた。
9時。滝川行の普通電車が入線してきた。富良野は始発駅なので、誰も載っていないし窓も空いていない。今日も富良野はとても暑いので、これでは車内は蒸し風呂だ。東京では通常、冷房がついているが、こちらはあまりつけないみたいなのだ。
窓を開けたいと思ったが、窓の両端のつまみを掴んで持ち上げるタイプだったので、片手では開けられない。困った。思い切って、後から乗り込んできたビジネスマン風の人に、「すみません、開けてもらえますか」とお願いしたら、にこやかに応じてくれた上、「他に困ったことがあれば言ってくださいね」と付け加えてくれた。ありがたい。
出発してしばらくすると、トンネルに入った。富良野は盆地だったのだ。乗客が一斉に窓を閉め始めた。なんだなんだ?とキョロキョロしていると、冷房が自動的についた。それまで案内放送はなかったはずだ。車掌と乗客の連携プレイをみた。確かにトンネルの中は窓を開けてるとうるさい。そして私はもう一度、苦笑いしながらサラリーマン風に頼んだ。窓が降りて、車内は静かになった。

10時12分、滝川駅に着いた。ここからは特急ライラックに乗り換えて札幌に向かう。空は晴れてきて、夏の日差しが戻っている。通り過ぎる遠くの山々や田畑の緑がまぶしい。車内は冷房完備で快適、車窓は綺麗に清掃されている。北海道で車窓の景色を楽しむなら、特急に乗らなくてはいけないらしい。これも経験だ。

札幌プチ観光

11時25分、札幌駅についた。この駅はとても大きくて、横浜駅と同じくらいじゃないかと感じた。15時過ぎまで時間があるので、ささっと観光だ。

特急ライラック。札幌駅は大きい

まずは昼食。予定通りJRタワーという駅ビルの「根室花まる」というお寿司屋さんに行く。回転寿司だ。この店は、札幌に詳しい知り合いから「駅から出ずに北海道を味わうならここ」と勧めてくれたので、狙っていたのだ。
お昼前でしかも平日なので、混んではいないだろうと思ったが、この日は一時間以上待たされた。すごい人気店だ。時間は気になるが、せっかくここまで来たのだからと順番を待つことにした。他のお客さんからは中国語も聞こえてきているし、キャリーバッグを引いている人が多いことから、観光客にも有名なお店なのだろう。

やっと順番が回ってきた。店員さんがカウンターから椅子を外してくれたので、WHILLのまま席に着く。お寿司は順調に回っているが、直接注文するのもオッケーだ。紙にオーダーを手書きするのだが、さてどれにしようか。
珍しい北海道ならではのネタがお勧めだと聞いていたので、その辺から選ぶ。

以外にも一番美味しかった

アブラガレイ、花咲ガニ軍艦、トロニシン。確かに新鮮でおいしい。しかし感動が今一つだなあと思い、注文を追加した。赤貝、エンガワ、シマエビ。関東でも簡単に手に入るネタを頼んだ。これがびっくりするほど美味しい。赤貝は思わず唸るほどだ。このお寿司屋さんは特徴のあるネタを用意しているが、定番もしっかりしていて素晴らしいと思った。


時間がないので、さっさと切り上げた。時計は13時過ぎだ。計画ではJRタワーの展望台に登って、札幌時計台を見て、大通り公園を散策する、というプランだったが、思いがけず昼食に時間を使ったので、大通り公園は無しになるだろうな。とりあえず急ごう。

JRタワーの展望台より

最初にJRタワー展望台だ。エレベーターに乗る。高いとは聞いていたが、展望台は地上38階にあり思ったよりぐんぐん上る。こういう場合はエレベーターの名前に「高速」が付くはずだが、焦っているからかジリジリと時間がかかる。
ようやく展望台に着くと、見晴らしの良い景色が前方に広がってとても気持ちいい。しかも雲が晴れて青空だ。はるか遠くまで見渡せる。あそこのスキー場は大倉山ジャンプ台ではないか。よく見える。来てよかったとしみじみ思ったが、思っただけでしみじみする時間がない。全方向の写真を撮りまくり、後からゆっくり楽しむという計画に切り替えた。
展望室の中にはお茶やおしゃべりを楽しむ人たち、商談をする人たち、思い思いの様子でゆっくりと街並みを楽しむ人たちがいたが、私はWHILLで爆走しながらパシャパシャと写真を撮って、さっさと帰る。謎の行動をとってしまった。

最後に受付の女性に時計台への行き方と時間を尋ねたら、ここから歩いて15分ほどかかるらしい。急がなければならない。表に出ると、真夏の日差しが上から叩きつけるように照りつける。晴れればうれしいが、叩きつけられるとは心外だ。避暑のために北海道まで来たのだが、これじゃ関東と変わらないじゃないかとうんざりした。

札幌市時計台

時計台に着いた。日本三大がっかり名所にも例えられるのだが、どのようなものか。ビルの街中に突如現れ、全体を写真に収められる場所は1か所しかないらしいので、誰が撮っても同じような印象の写真になる。外だけ見るとがっかり感はあるなぁと思ったが、よく見ると中に入れるようだ。古い建物なので、私のような障害者はお断りかと思いきや、新たにスロープが設置されていた。しかしかなり簡素なので、WHILLと私の重さで壊れそうと感じ、思い切って歩いて屋内に入ることにした。

赤い小さな屋根が入り口で、ここにスロープがある

札幌市時計台、正式には「旧札幌農学校演武場」という。札幌農学校は北海道大学の前身らしい。現在は博物館として使われている。
建物の中は、外から見た印象と同じかそれ以上に狭く感じた。入って右側が受付で、左側は資料室になっている。その奥でお土産を売っているが、人が一人入ればいっぱいという狭さだ。ずいぶん変わっている。一番奥の部屋が1階で最も広い。これでも大展示場だ。ここではいろいろな模型やパネル展示で、農学校の作られた経緯やそれ以降の歴史などがわかる。
それによると、建物は明治に建てられたままだという。繰り返し修繕して、大事に使ってきたのだろう。俄然興味が湧いてきたが、時間の関係上つまみ食いで済ますことにする。つまみ食いでも、当時の日本人の熱い思いや、それに応えようとした欧米各国からの先生たちの思いに触れて、こちらも熱くなった。冷房はついてないが。

そろそろ終わりにしようと思い、何か見落としはないかと館内を見渡していたら、ガイドさんから「これを見てみませんか」と声をかけられた。暇なのだろう。
案内に従い部屋の隅にあったのは、明治時代の窓の模型だ。上下に開き、どこでも止まる。もちろん動力は使ってない、不思議な窓だ。仕掛けを見せてもらったが、とても簡単だ。これは当時の欧米の家屋でよく見られるもので、日本ではここが初めてらしい。いいものはなんでも学んで取り入れよう、という当時の人の気概を感じる。
ガイドさんはもっと話したいようだったが、そろそろ時間が迫ってきたので、申し訳ないが退散した。私もいろいろ見たくなってきただけに、がっかりだ。

札幌駅南口の駅舎

14時45分を過ぎた。やはり大通り公園はあきらめる。札幌駅に一直線で向かい、15時を回って着いた。新千歳空港行きは36分発なので、トイレを済ませても十分余裕がある。心穏やかに駅員とスロープを待った。
快速エアポートで向かう。札幌から新千歳空港までの車窓は、どちらかというと東京や埼玉の郊外といった感じで都会的だった。旭川の広大で牧歌的な雰囲気との違いが興味深い。到着が近づくと列車は地下に入って行った。

終わりに

16時15分、空港に着いた。18時ちょうどの飛行機まで時間は十分ある。駅の改札を出てすぐのエレベーターを上ると、そこが新千歳空港だった。あまりの近さにいまいちピンとこなかった。見上げると吹き抜けに様々なお店が並んでいて、ショッピングモールのような感じがした。
そこから見えるところにチケットカウンターがある。しかしAirDoはやっぱり遠い。一番端まで行かなくてはならない。そこでWHILLなどの荷物を預けるのだ。

電動車いすは預かる機会が少ないのか、やはりここでもグランドスタッフがマニュアルを持ってきて2人がかりでチェックする。ようやくOKが出た。
ホッとしたがそれもつかの間、この日もコードシェア便だったのでANAのチェックも受けなければならない。それ専用の窓口へ案内されたが、その日は都合の悪いことに私の前にも障害の方がいた。家族連れでたくさん荷物を預けるらしいが、なぜか時間がかかる。焦り始めた。売店でお土産を買うつもりだったがどうなるのか。
アナウンスが流れた。幸か不幸か、使用機の到着が遅くなり搭乗が30分程遅れるらしい。これでお土産を買える。やっと荷物を預けて保安検査場を通ると、グランドスタッフに伝えて搭乗口から一番近い売店で止まってもらった。
そんなに大きな店ではないので、杖を突いて入った。あまり考えずに定番の「白い恋人」をつかんでレジに並んだが、そこから時間がかかる。何人並んでいるのだろう。最後まで焦らせるが、30分のディレイが効いて、搭乗案内に間に合った。

飛行機に杖を突いて乗り込む。チケットはエコノミークラスだったが、やはり前方のビジネスクラスが空いていたので移してくれた。隣は一人旅の小学生だった。小学生と障害者は目の届くところにいた方が何かとケアしやすいのだろう。かしこまってちょこんと座る少年と、よたよた歩いてドカッと座る自分を見比べて、少し笑った。


振り返ると、だいたい予定通りに進んだ旅行だった。自分では行けないところ、通れない場所も他人の手を借りて行くことができた。前は、失語症と片麻痺の恥ずかしさ半分、できないくやしさ半分であまり頼むことをしなかったが、思い切ってやろうと思い立ち、やり切った気分ですがすがしい。
自分に必要な移動時間もはっきりしなかったが、今回余裕をもって予定を立てたので、時間に追われるようなこともほぼなかった。介助してくれる人にも余裕があったと思う。WHILLの予備の充電池は念のために使っただけで、全体的に余っていた。残量を心配しなくていいのは焦らなくていい。空港の荷物検査と旭川のバスはだいぶ焦ったが。

また、失語症の自分と接して戸惑う人がいるのではと思っていたが、普通に通じたので困らなかった。確かに口はもどかしいが、細かいニュアンスまで言葉にならなくても、最後は身振り手振りを使えば相手もわかる。それで怪訝な顔をする人はいなかった。全く心配なかったので、ホッとした。

自分の出来ることを見極めて、出来ないことは人の助けを借りて、前もって確実に実行することを押さえておけば、何とかなるのだと思う。これまでは「自分は上手く喋れないし、移動は手がかかるし頼むのは申し訳ない」とも感じてきた。でも手を差し伸べてくれた人からの1つ1つは、その表情から見て特別なことじゃなかったし、むしろ甘えていいのだ。北海道の人はそう言っていたように思う。

羽田空港に着いた。ここから先は慣れた京急に乗って、横浜方面へ帰る。窓の外を見ると、流れる夜の街並みと自分の顔が見えた。ホッとしているのと、ちょっとだけ自信を感じている顔だった。

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