心の中でよどむもの

自分にとって帰省、すなわち実家に帰ることは決して楽しいイベントではない。
年老いた両親は、わずかばかりな年金生活者。
しかし個人事業主であった時に作った膨大な債務に対して、雀の涙ほどの金額を返済している。
よくよく計算してみたら、完済までに1600年近くかかる。
よくこんなペースの返済を債権回収業者もよしとしたものだ、と半ば呆れているが、それでもわずかな手持ちから出す金額としては決して小さいものではない。

それでも両親…というか母親は事の重大さを自分ごととして考えていない。
月々のやりくりが出鱈目すぎることを指摘しても、自分を一方的に責める言葉にしか聞こえないようだ。

暖簾に腕押しとは、まさにこの事。

父親は、だいぶ前に脳梗塞を患い、それから計3度、発症している。
それゆえに身体の左半身はあまり言うことを聞かず、記憶も昔の事はかなり曖昧な状態だ。
かつての借金についても、思い出そうにも思い出せない過去のことであり、自分からそれについてアクションを起こすなど到底無理なのだ。

まずは無駄な出費としか思えない、携帯電話の契約を見直し、格安SIMに切り替えさせた。
生命保険も解約。

それでも、入ってくる金額が増えるわけではない。

なんとか「生活保護」の申請…の前にせめて相談でも、と持ちかけ、母親も一旦は納得したようだが、まだ本気でそうしようとは思っていないようだ。

生活保護課のある所までは、タクシーに頼らざるを得ない。
気軽に行ける場所ではないのだ。

最終的には、また自分が平日に休みを取って帰省する必要があることを実感する。

とにかく、消耗する。

帰省したその夜は寝られなかった。
よりによって、心療内科で処方された薬を忘れてしまったのだ。
せいぜい、3時間ほどウトウトできただろうか。
早朝に重い身体を起こしてみると外は雨だった。

帰りの電車。
問題は山積しているのに、ひとつひとつの答えが見つからない。
あれやこれや考えているうちに、手足が痺れてきた。
手汗もすごい。
呼吸が荒くなり、胃袋を誰かに握りしめられているようだ。
このままだと意識が遠くなってしまいそうだ。

思わず、自宅にいる妻に状況を伝える。

「深呼吸して」
「手のひらをゆっくりむすんでひらいて」

返信に従い、深呼吸をし、手をグーパーしているうちに、少し楽になってきた。
降りなければいけない駅にたどり着いた時、かなり足元はおぼつかなかった。
鏡で見てはいないが、顔色は相当悪かったのじゃないだろうか。
駅のベンチに座り、目の前にあった自販機で買ったポカリを少しずつ胃に流し込む。
少しずつ、身体が言うことを聞いてくるようになる。

なんだかんだで小一時間、そうしてベンチに座っていた。
身体の痺れは取れてきたが、でも、心の中に蓄積されている「よどみ」のようなものは、いなくなってくれない。

こんな事が、しばらく続くのだろう。

多分、両親がこの世を去って、全ての面倒ごとをお金と体力と精神力を絞り切って解決できて、初めて消え去ってくれるのだろう。

都合よく、ウチの実家にそれなりサイズの隕石でも落ちてこない限りは。


そんなこんなで身体を引きずるように自宅へと帰還した。
玄関のドアを開けると、妻と愛犬が出迎えてくれた。
「おかえり。大変だったね。」

涙が溢れそうになるのを、抑えるのが精一杯だった。





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