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Theme 1: マスク(全7話 その6,7)

医師/精神分析家(慶應義塾大学環境情報学部)
岡田暁宜(おかだ・あきよし)さんが綴るエッセイ
《ぼくたちコロナ世代》避密ライフのこころの秘密
「マスク話」はこれにて完結!
これまではこちら その1と2 その3と4 その5

6/7 精神科臨床におけるマスク

 コロナライフ以前の精神科臨床で、決してマスクを外さない患者たちに出会ったことがあります。そうした経験を振り返れば、「顔を隠し続ける」なりの臨床経過を辿ったように思います。
 ある患者は、それなりの主訴がありましたが、初診の時からマスク姿で現れて、マスクについて取り上げても、私の前で絶対にマスクを外すことはなく、「自分の心のなかを見られる」ことを拒み続けました。その患者との治療関係は、患者の心のなかを「隠す-対-見る」という関係から「隠す-対-暴く」という関係へと発展したようでした。同時にその患者からは「自分の心のなかに触れないで、自分の心のなかを治してもらいたい」という魔術的な転移を向けられていたように思います。
 また別のある患者は、治療関係のなかで私に対して嫌悪感を抱くようになると、マスク姿で現れて、ただ処方だけを私に求めるようになりました。私とのface to faceの交流を絶ちたかったのでしょう。このように精神科臨床では、さまざまな理由や心の動きで「マスクをつけた」患者たちに出会います。《マスク症候群》と呼ぶことができるかもしれません。

 しかしコロナライフに入ってからは、患者のみならず、精神科医を含むすべての医療スタッフがマスクをつけています。2020年以降に初診から治療を担当している患者が何人もいますが、私はかれらの「マスクの下の素顔」を一度も見ていません。このような状況が1年半も続いているのですが、精神科医にとっても患者にとっても、マスク顔での相互の関わりが常態化していることは、ほんとうに不思議です。コロナライフが明けて、今まで互いにマスクをつけて交流していた患者らと「マスクを外した交流」が始まった時、私たちは、新たな出会いを経験するでしょう。
 マスクをつけずに精神科臨床が自然におこなわれるようになったときにこそ“コロナ明け”を実感できるように、私は思います。

 不思議なことといえば、コロナライフに入り、先にお話しした意味での《マスク症候群》の心の動きがまったく目立たなくなっていることを、私は経験しています。さらに、コロナ以前には「不適応」的あるいは「病理」的なこととされていた現象がコロナライフにおいてすっかりマスクされているということを経験しています。コロナライフにおいてコロナ以前の問題がマスクされている病態を《コロナマスク症候群》と呼ぶことができるかもしれません。


7/7 マスクと強迫

 私の印象では、WHOがパンデミックを宣言する前までは、マスクの着用を推進する報道とともに、「マスクや衣服の表面にはウイルスが付着しているので、注意が必要である」旨の報道がしばしばあったように思いますが、最近の報道では、マスクの取り扱いについてはあまりクローズアップされていないように思います。
 2020年4月の最初の緊急事態宣言の後、コロナ感染防止対策としてマスクが必需品であることが広がると、マスク不足への危機感とともに、不織布マスクの他にウイルスを含む飛沫の侵入を防ぐことができる「N95マスク」なども注目されるようになりました。全国的にも、マスクを大量に購入した大学の保健管理施設もあるかもしれません。


 一般に、ウイルス感染症に対する生体の反応は「感染しているか否か」に二分され、さらに、感染している場合にも「不顕性」感染か「顕性」感染かに二分されます。このような二分される世界のなかで、人は強迫的になる(どうしてもそうしなくては居られない心地になる)ように思います。
 このような強迫心性が喚起される状況のなかで、私は次のようなことを感じることがありました。それは「N95マスクなど高い性能のマスクを装着していても、正しく装着していなければ、感染防止効果はあまりないのではないか」ということでした。
 そのような「頭隠して尻隠さず」を彷彿とさせる人々の行動に触れることがあり、コロナライフにおけるマスク装着の意味は、実際のコロナ感染防止の生物学的な効果に加えて、不安を払拭するというコロナ感染防止の心理的な効果にあるように思います。


 現在のようにコロナが全国的に拡大する前に、マスクをつけていない人がマスクをつけている人からへの攻撃的な言動を受けた、という報道がありました。マスクをつけることで周囲に安心を与え、周囲が安心することで自らが安心できるという心の動きがあるように思います。
 そう考えると、コロナライフにおいて、心の動きとしてコロナウイルスよりも怖いものは、コロナに関連した“人間の攻撃性”なのではないかと思うのです。

(Theme 2: ??? につづく)


「コロナライフ以前」
「コロナライフが始まったころ」
そして
「コロナライフが継続している今」で
マスクを着けることにおける”人間の心の動き”も
大きく変わったということですね。

絶対的か(本当なのか)どうか分からないながらも
各個人が考える「安心するために」
との
大きな目的は変わらないように思えます。
皆さんにとって「マスク」は今どんな存在でしょう?
そして 今後
1年後、5年後、10年後、半世紀後に
いったい「マスク」はどんな変化の道をたどるのでしょう。。。
さて 今回で全7話の「マスク話」はオシマイです!
そして 次のThemeは何でしょうね?(^^)
お楽しみに~!!!


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