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Theme 8: 変異株

(全3話 その3)

医師/精神分析家(慶應義塾大学環境情報学部)
岡田暁宜(おかだ・あきよし)さんが綴るワンテーマ・エッセイ
《ぼくたちコロナ世代》避密ライフのこころの秘密

Theme 1: マスク/2: 検温/3: 消毒/4: 自粛/5: リモート/6: 検査/7: ステイホーム... と進行して来ましたが、ここで急「変異」のテーマ!


3/3 生気論と機械論


ウイルスの増殖過程において、ある確率で発生する遺伝情報のコピーミスによって人類が脅威に晒されているだけで、ウイルス自体に人類と戦う意思はない。

この考え方は「機械論」的な世界観であるように思います。

ウイルスは自らの生存をかけて、ある確率で発生する遺伝情報のコピーミスを利用して、人類と戦っている。

 この考え方は「生気論」的な世界観であるように思います。私自身は“心身医学”に関心があり、生気論的な世界観を好む傾向があります。

 今日では、Epstein-Barrウイルス(EBV)と悪性リンパ腫、B型肝炎ウイルス(HBV)やC型肝炎ウイルス(HCV)と肝細胞癌、ヒトパピローマウイルス(HPV)と子宮頸癌など、ウイルス感染と「悪性腫瘍の発症」との関係が報告されています。

 人間の人生という視点でみれば、ウイルス感染は人間の寿命に大きな影響を与えています。しかし、ウイルスには人間のような自我はなく、「人間を死滅させる」意図もありません。そのように、ウイルスが人間の細胞に侵入して自らの増殖を繰り返すことは、ウイルスに組み込まれた遺伝情報に基づく科学的な現象かも知れません。

 しかし、生気論的な見方をすれば、ウイルスの遺伝情報に基づく活動は、生命体における“本能”として捉えることもできるでしょう。生気論的な世界観においては、人間とウイルスのあいだでは“本能”をめぐって戦いが繰り広げられているように、私は思うのです。


 「ウイルスとの戦い」という表現は、人間には「生の本能に伴う“死の不安”」があることを反映しているように思います。

 いずれにしても、ウイルスの変異株の出現をウイルスとの戦いのように感じるのは、人間に、生きた心があるからでしょう。


Theme 8「変異株」おしまい


人間は、未知のものに対し「恐怖」を感じる一方で
「ロマン」や「期待」を持つこともあります。
「ウイルス」への恐怖はまだ続きますが
人間もウイルスも完全に滅亡することがないなら
戦いの”手”を時には緩めながら
”生きた心”を持ち続けられたらいいのでしょうか。


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