小説「カフェ”木陰の散歩”にて」(19)

 (17)(18)の自由恋愛の会話の続きです。(9)から始まったディストピア小説「すばらしい新世界」(オルダス・ハクスリー著)を題材にした会話もだいぶ広がりましたが、今回をもっていったん終了になります。

☆ ☆ ☆

 ケンジはフユキさんのほうを見やり、そして会話を続けた。
「はい、繰り返しになりますが、結婚していて別れるつもりなどは無くても、自分の妻、夫以外の人を好きになって関係を持ちたいということはあるだろうし、それは不自然なことか、ということなんです」
「そうですねえ」
「一般論としては無理だとは思います。でも、私が思ったのは、双方が容認している場合はどうかということです」
「つまり、そもそも双方に別な相手ができても許すということですかね」
「はい。許すというより、寛容というべきでしょうか」
「なんか世間のニュースなんかみていると、もっとどろどろしていて、そんなのあり得ない感じだけど」
とのユウタさんの発言に、フユキさんが補足した。
「そうですねえ。仮にそういう夫婦の夫の相手が既婚女性で、もっともその夫がそういうことを容認していないのが普通だから、やはり問題になりますよね。つまり、そういう特定のグループ内でのみ成立するということになっちゃいますよね。なんか秘密クラブっぽくなってきますが」
「そうですよねえ。やっぱり、複数の人と関係するのは、無理がありますかねえ。そういうのを容認するような社会が来ない限りは。結局、結婚の呪縛から解き放たれた、ハクスリーの描いた新世界の方がすばらしいってことになっちゃうのかあ」
「結婚って、あらためて考えると、なんだかんだけっこうな縛りなんですよねえ」
「うまく説明できてないかもしれないけど、人は本当に一人の人しか愛せないのか、そして男女の純粋な愛情ってもっと大切にされてもいいように思うんですよね」
「そうですねえ。ロミオとジュリエットではないけど、いろいろな障害があっても男女の愛を貫くみたいなお話は、いまや時代にあわないですかねえ。ユウタさん、どうですかね」
「男女の愛ですかあ。というか、熱愛ですかね。まあそういうのも人それぞれになってますかねえ。あるいは、そういうものを表には絶対に出さないというような空気とか」
「そうなんだろうなあ。なんでもちょっと目立つと叩かれる空気は確かにあるかも」
「ところでケンジさん言われた話、別に特別な話ではなく、オープン・マリッジと言うそうですよ。もっとも1970年代のアメリカの話のようですが」
「そうですか。私が記憶していたのは、サルトルとボーヴォワールの話なんですが。ですから1950年代ころのフランスの話だと思いますが。そういうのがアメリカに飛び火したんでしょうかね」
「いや、わかりません。まあ少なくとも50年以上前にはそういう空気というか運動というか、そういうものがあったのでしょう。でも、最近は全く聞かないから、やっぱり無理筋だったのかもしれません」
「わかりました。まあ、このまま話が終ってもつまらないので、一応私が思っていたネタというか、ケーススタディーというか、そういうのを紹介します。いわゆる不倫関係だけど、そう単純に悪いとは言えないのかなという例です。実話だったかどうだったか、正直覚えていないです。いろいろな話が私の頭の中で合作されている、そんな程度です」
「はい。どんなお話ですか?」
「妻が病気がちで入退院を繰り返していて、夫が献身的に看病していたんです。子供はもう大きいので勝手にやっているので、それこそ入院中は毎日病院に通うような生活。そこであるきっかけでその男性が既婚の女性と相思相愛になっちゃったという話なんですよ。別に男女を入れ替えてもいいのですが。こんな場合、この男性または女性は、配偶者も恋愛の相手も両方愛していると思うんですけど、そういわれたらうそだと思いますか」
「たぶん、病気の妻あるいは夫をほったらかして不倫に走る夫または妻、といわれて非難されるんでしょうね」
「ですねえ~」
「はい。個人的にはその人は正直に両方に愛情を注いでいるんだと思うのですが、まあ弁護する自信は無いです」
「はい」
「それから、もうひとつ。ある熟年夫婦。落ち着いた仲のいい夫婦で、いわゆる離婚の危機などないのですが、夫の定年退職で妻がより自由に動くようになり、その結果既婚男性と相思相愛になってしまう。夫は怒りと嫉妬、しかも既婚男性の妻からクレームを受ける」
「セックスどころか、いっしょに食事くらいでも、なんか非難されかねない」
「そうですよねえ。何十年もたてば愛情が無くなるというより変質しますよね。そういう配偶者に対する愛情と、別な相手との愛情は別物だし、個人的にはそういうのが容認される方がより明るい社会のようにも思うんだけど。まあ、無理でしょうけどね。不倫した男性または女性の言い訳と思われてそれで終わりでしょう」
「当事者以外は誰にも迷惑も被害も無いのですが。まあ、そういうものは封じ込めておくほうが社会としては安定する」
「結局、陰でこそこそやることになるのかな」
「そうですねえ」
「自分の親など見ていても、二人とも空気のような生活ですけど、ここでどちらかに恋人でもできたら、かえってそれが刺激になっていいんじゃないかなあ、なんて僕は思いますけど」と、ユウタさん。
「はい、あなたのような人ばかりだったら、日本ももっとオープンで生き生きとした社会になるかもしれません」
「さて、ずいぶん長く話をつづけてきましたが、これでいったん終わりにしたいと思います。皆さん、ありがとうございました」
「はい、私も楽しかったですよ。また機会があれば、やりましょう」
「僕もいろいろ勉強になりました。同世代の友人同士だと、こんな話しないので。おもわず首を突っ込んでしまいましたが、最後まで参加させてもらって、ありがとうございました」
「はい、こちらこそ。また何かあったら声かけますね」
「はい、よろしくお願いします」
カウンターの向こうでは、ケンジの奥さんが微笑んでいた。夫が話したいことを話せて、すっきりした気分になってもらってよかった、と思っているのかもしれない。


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