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最終話:「夜中に学校へ忍び込んで、屋上で星を見ませんか?」


※ 「屋上」の目次はこちら

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「夜中に学校へ忍び込んで、屋上で星を見ませんか?」



放課後の屋上。
怪しいお誘いがあったのは、夏休みの前期夏期講習、最終日のことだった。
今日でしばらく屋上へ来ることはないと思っていたから、それはすごく魅力的な案だった。
「面白そうではあるけど、夜に学校へ入ったりして、警備とかは大丈夫なのか?」
「それなら心配ありません。防犯のロックがかかっているのは校舎内だけですので、外の非常階段を登っていけば引っかかりません」
「・・・その情報は一体どこから?」
「私の情報収集力は100万以上は確実です」
あいつはいつの間にか第二形態になっていた。
「既に夏期講習期間中、試しに二度ほど忍び込んでみましたが、先生たちは何も言っていなかったので大丈夫です」
「しかも実証済みかよ」
「今回こそ下調べは万全です。万が一にでも、受験を控えている大好きな先輩に迷惑をかけるわけにはいかないので」
「え? あぁ、ありが、とう・・・?」
ストレートな物言いに、思わず返答がたどたどしくなってしまった。
「あはは、先輩の顔真っ赤ですよ」
「うるさい。というかお前もだ」
そんなに恥ずかしくなるくらいなら言わなきゃいいのに・・・と思ったが、大好きだと言ってもらえて嬉しい自分がいるのも否めない。
そんなこと、口が裂けても言わないけど。
「ま、恥ずかしいですけど、先輩が大好きだと言ってもらえて嬉しそうな顔をしているのでよかったです」
そして、相変わらず何もかも見通してくるやつだ。
「そ、そんなことより何日にする? こっちはいつでも空いてるけど」
自分でそう言って、高校最後の夏に予定がないことに寂しさを覚える。
「金曜・・・次の金曜日はどうですか?」
「次の金曜日というと7日だな。うん、大丈夫だ」
「では金曜の夜9時に、学食裏にある食材の搬入用の門に集合でお願いします!」
「わかった。だけど、なんでその入り口を使うんだ?」
「あの門だけ監視カメラがないんです」
お前はスパイか。




「いやぁ、晴れてよかったな」
「そりゃもう私は先輩の世界を晴れにする女ですから!」
そして金曜日、搬入門を乗り越えた俺たちは、校舎の外階段へ向かう。
「この日のために、ティッシュを5箱使っててるてる坊主を1000個作ったかいがありました!」
「鶴か。そして資源を無駄にするなよ」
「問題ないです。この後スタッフがおいしくいただきます」
馬鹿な話をしながら階段を登り、屋上へ到着した。
この高校は街の端にある小高い丘の上に建てられているので、市街地の明かりから離れている。そのため、
「おぉ、けっこう見えるもんだな」
お世辞にも星がよく見えるとは言い難いこの街でも、それなりに星空を見ることができた。
「ほら、先輩! こうすると見やすいですよ!」
声の方を見ると、あいつは屋上に寝そべって大の字になっていた。
その姿に、雨の日に二人してずぶ濡れになったことを思い出す。
「また風邪ひくなよ」
「もう8月ですし、今日は晴れてますから大丈夫です!」
「それもそうか」
俺もあいつにならって寝転んで空を見上げた。
こうやってゆっくりと夜空を見上げるのは久しぶりな気がする。
「あれがデネブ、アルタイル、ベガですね」
あいつは右腕を空に向かって、順に指差した。
「へぇ、よく知っているな」
「・・・・・・昔、教えてくれた人がいたんです」
その人のことを少なからず大事に思っているような言い方に、少しだけ胸がざわつく。
と同時に、頭の中に何かが引っかかる。

「この三つを合わせて、夏の大三角っていうんだ」

あと少しのところまで出てきているのに、それが何か思い出せない。
「ところで、先輩」
すぐ横から話しかけられて、俺の記憶の旅は遮られた。
「今日って何の日か、わかりますか?」
「え?」
この手の質問は聞いたことがある。彼女に何の記念日か答えさせられるというやつだ。
これに正しく答えられないと、それはもう険悪な雰囲気になるらしい。
俺は頭を必死にフル回転させて考える。
付き合い始めてから約2ヶ月。
まだ周年イベントには早すぎるし、だからといって1ヶ月ちょうどの時に何もなかったことを考えれば、今さら月ごとに祝うのも不自然だ。というかそもそも日にちも違う。
まずい、本当に何も思い付かない。
こういう時にとるべき対応は―――
「・・・・・・すまん、何の日か覚えていない」
正直に謝って、誠意を見せることだ。
だが、あいつは俺の返答にちっとも気分を害した様子はなさそうだった。
「あぁ、そういうのじゃないですよ。今日、8月7日はですね、七夕なんです」
「たなばた・・・?」
なんだ、俺達にまつわる日ではなかったのか。
「ん? 七夕って7月7日じゃなかったか?」
「この辺りじゃそうですけどね。でも、私が昔住んでいた町では、8月7日が七夕なんです」
「そうなのか」
あいつの説明を聞いて、再び俺の頭の中で何かが引っかかる。

「たなばたは7月だから、もうおわってるよ?」
「え? たなばたは8月でしょ?」

「先輩、そんな眉間にシワなんて寄せちゃって、どうしました?」
どうやら、俺は険しい顔をしていたらしい。
「いや、俺は何か大事なことを忘れている気がするんだ」
「・・・・・・大事なこと、ですか」
なぜかあいつは、小さい子供を見守る母のように、優しい笑顔で俺を見ていた。
そう、大事なこと。
俺は夜空を見上げながら、必死に思い出そうとする。
空に浮かぶ夏の大三角。
天の川を挟んで輝く、ベガとアルタイル。
年に一度しか会えない、織姫と彦星。
「・・・・・・ところで、先輩は、七夕の短冊に願い事を書くとしたら、なんて書きますか?」
「んー、小さい頃はそういうの好んで書いてたけど、この歳になると何も思い浮かばないな」
「夢がないですね。せっかくお星さまは願い事を叶えてくれるんですよ。実際に私は、昔短冊に書いた願い事が叶いましたもん」
「へぇ、なんて書いたんだ?」
「残念だけど教えられません。女は秘密を着飾って美しくなるんですよ」
お前は組織の一員か。
「短冊、か。最後に書いたのは、いつだったっけな・・・・・・」
俺は記憶をたどって、過去を思い起こす。
高校生になってから、いや中学生時代にもそんな記憶はない。
最後に書いたのは小学生の頃だろう。

「そだ、せっがく今日は七夕だがら、笹の葉でも飾っぺ?」

「あぁ、そういえば・・・・・・」
そうだ。最後に書いたのはあの夏。
母さんが入院して、田舎のばあちゃんのところに預けられていたときだ。
七夕の日、ばあちゃんが裏山にある笹を取ってきてくれて、細長く切った色紙で短冊を作って、願い事を書いた。
「・・・・・・」
そして、俺の水色の短冊の横にはもう一つ、赤色の短冊が存在していた。
短冊だけではない。
あの夏、俺の横にはいつももう一人誰かがいた―――




「これがおりひめ。それで、天の川をはさんで、こっちがひこぼし」
 「昼間に空を見上げても、お星さまは見えませんよ?」




「ばあちゃんのおはぎ、おいしい!」
 「このおはぎには師匠直伝、隠し味に黒糖と濃口醤油を入れてあるんです」




「・・・・・・雨がふったら、おりひめとひこぼしは、会えない」
 「私、雨が大嫌いなんです。恨んでいると言っても過言ではありません」




「ぼくの世界は、いつも雨がふっているんだ」
 「先輩の世界に雨が降っていたら、今の私なら必ず晴らしてみせます」




「で、でも、1年に1かいしかあえないなんて、そんなのまるで・・・・・・」




俺は勢いよく体を起こした。
全てを、思い出した。
「先輩、突然起き上がったりして、どうしたんです?」
大の字になったままのあいつが俺に尋ねる。
あいつはずっと覚えていたんだ。
覚えていて、それでも言わなかったんだ。
俺はゆっくりとあいつの方を向いて、そして言った。


「・・・・・・お前が、織姫だったんだ」


あいつは、一瞬目を大きく見開き、そして今度はぎゅっと閉じた。
そして、長く長く息を吐くと、寝返りをうって俺の方に体を向けた。
「・・・・・・会うまでに8年もかかるだなんて、本家の二人もびっくりするでしょうね」
あいつは今にも泣き出しそうな震えた声で、それでも笑みを浮かべていた。
「短冊に書いた願い事は、本当に叶ったんだな」
あの夏、ばあちゃんが笹を取ってきてくれた後、俺たちが短冊に書いた願い事。
「だから、お星さまは願い事を叶えてくれるって言ったじゃないですか、彦星先輩」









「ねぇねぇ、たんざくになんてかいたか見して!」
「ん? ぼくは・・・こう書いたよ」
「あー! わたしとおんなじだー!」
「じゃあ、二人分あるから、きっとかなうね」
「うん!」









【いっしょにおほしさまが みれますように】





屋上 完



2020/08/07

そんなわけで全10話に渡ってお送りしてきた『屋上』は、やはり屋上にて終了です。
なんとか、彼らにとっての七夕の日に、このお話を公開することができてよかった・・・!
現在、コロナの影響で人との関わりや繋がりが脅かされています。
一日でも早く逢いたい人と自由に逢える日常が来ますように。
星はきっと願い事を叶えてくれるはず。

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