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第5話:「ふふふ、ゆうべはお楽しみでしたね」


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「ふふふ、ゆうべはお楽しみでしたね」


放課後の屋上。
「いや、その言葉の使い方は間違ってるぞ」
週の始まり、月曜日。
週が変わっても今日も今日とて、あいつは飽きもせず屋上にやって来た。
まぁ、それは俺も同じなんだけど。
「えー! だって私、昨日はすっごく楽しかったですもん!」
まぁ、それは俺も
「・・・って何考えてんだか、俺」
「へ?」
「あ、すまん、何でもない」
自分のモノローグへのつっこみが思わず口に出てしまった。
「それにしても、先輩も随分変わりましたね」
「何がだ?」
「だって、以前だったら私に『すまん』なんて絶対に言わなかったですよ」
言われてみれば確かに、こいつが来た当初、俺はずっと無視を決めこんでした。
それが、いつの間にかしぶしぶ返事をするようになり、さらにはいつの間にか普通に会話するようになった。
「さてはお前、魔法使いだな?」
俺が疑いの眼差しを向けると、
「何言ってるんですか、この世に魔法なんて存在するわけないじゃないですか」
あいつは鼻で笑い飛ばした。
そりゃそうだ。うちではファンタジーものは扱ってない。
「全て計画通り、戦略の勝利ですよ」
何この人、超怖い。
「せ、先輩は・・・昨日ので、で、デートは、楽しくなかったですか・・・?」
あいつはそう言うと、俺の顔から視線を逸らして屋上のフェンスの向こうを見た。
普段はあれだけ内角を攻めてくるのに、というか危険球で退場レベルのデッドボールを放り投げてくるのに、時折このように弱気な顔を覗かせる。
「そんなギャップが、この美少女の魅力だ」
「いや、何勝手に人のモノローグ付け足してんの。っていうか自分で美少女って言うな」
「でも、客観的に見て、上の中ぐらいはあるかと思うんですが、どうでしょうか」
「中途半端に自己評価高いな。性格の悪さを加味すると、せいぜい中の上くらいが関の山じゃないか?」
「つまり黙っていたら可愛いってことですね!」
「ポジティブシンキング!」
小気味いいテンポで会話が進んでいく。
「それになかなかどうして、性格も捨てたもんじゃないですよ? 明るくて前向き、それでいて想った人には一途の優良物件です。ウィットに富んだジョークからエッジの効いたツッコミまで完備。一家に一台いかがですか?」
「押し売りも甚だしい。訪問販売員とか向いてるんじゃないか?」
「今から30分以内のご注文なら、特別に屋上までの送料無料でお届けしていますよ」
「いや、注文してないのに勝手に届くとか送りつけ商法じゃん。クーリングオフを申請する」
「本製品はノークレーム・ノーリターンです」
「助けて消費生活センター!」
打てば響くように返ってくるのが心地よい。
昨日の罰ゲーム(こいつの言うところのデート)の最中も、特に気を遣うことなく会話が続いていた気がする。
いわゆる、一緒にいても楽ってやつか。
「・・・・・・なぁ」
俺はくすくすと楽しそうに笑うあいつに声をかける。
「はい?」
「俺なんかと一緒にいて、楽しいか?」
正直に言って、俺はあまり人付き合いが得意ではない。
誰かに合わせて行動するのは面倒くさいし、一人でいる方がよっぽど気楽だ。
「うーん、そうですね・・・・・・」
あいつは顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「楽しいか、楽しくないかで言えばーーー」
俺は生唾をごくっと飲み込む。
いや、別に緊張なんかしてないし、仮に楽しくないと言われてもへこんだりは―――
「先輩をいじってるときは、まごうことなく至福の時間ですね」
「めちゃくそ楽しんでるじゃねえか」
全く、年下のくせに先輩いじりとか、生意気にも程がある。
「この世には一年に一度しか会えない二人もいるのですから、毎日会いに来れる私は幸せ者です」
一体誰のことを言っているのだか。
「ところで、先輩はどうなんですか?」
「え?」
「先輩は、私と一緒にいる時間は楽しいですか?」
同じ質問を返されて、俺は答えに窮した。
俺は、こいつといるのが楽しいんだろうか。
「うーん、そうだな・・・・・・」
後ろ髪をがしがしと掻きながら考える。
「楽しいか、楽しくないかで言えばーーー」
楽しくない。
と突き放せば、また屋上で一人気楽な日々が戻ってくるのだろうか。
気付けばあいつがじっとこっちを見つめていたので、俺はたまらず目を逸らした。
「・・・・・・6対4でギリ楽しい、かな」
「わりと接戦だった!」
あいつはシェーのポーズをした。いや、時代よ。
「えー、もっと素直になってくださいよう。昨日はあんなにハッピーターンだったじゃないですかあ」
「そんな甘じょっぱかった記憶はないぞ」
袖を引っ張って抗議された。
このままほっておくとさらにこじらせそうなので、俺はそれを宥めるためにフォローを入れることにした。
「でも、まぁ、なんだ。一緒にいて楽ではあるかな」
「・・・・・・ほ」
すると今度は、空気の抜けたような不思議なリアクションが返ってきた。
「ほ?」
「・・・・・・ほんとにもー! 先輩ったらツンデレさんなんだからー! いんぴんー!」
今度は俺の肩をばしばしと叩いてきた。
「だああ、もう鬱陶しいな! 触るな! 離れろ!」
下手にフォローなんかするんじゃなかった。宥めるどころか火に油を注ぐことになってしまった。
「またまた照れちゃってー。先輩の気持ちはちゃんと伝わってますよ!」
「伝わってない! というか、そもそも何にもない!」
「えー、そんな言い方されたら、私のガラスのハートが傷ついちゃいますよー」
「お前のハートは、ガラスはガラスでも防弾ガラスだろうが」
「いやーん、撃ち抜かれるー」
「お前無敵すぎるだろ」
俺が何を言っても、ものの見事にいなされてしまう。
「もし今の私達を小説にするとしたら、地の文がほとんどないただの会話劇になっちゃいますね」
・・・・・・いや、失礼。



2020/07/17

イラストレーター・こばさんが、このお話の二人を描いてくれました!
頭の中に思い浮かべていた二人とようやく"会う"ことができて、とても嬉しいです。
個人的に今回の二人のやり取りが、一番うまく書けた気がしてお気に入りです。

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