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第3話:「昨日は一度ならず二度も人間の急所を突いてすいませんでした」



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「昨日は一度ならず二度も人間の急所を突いてすいませんでした」


放課後の屋上。
階段を上り、外へ出るための重い扉を開けると、今日はあいつが先にいた。
そして、俺の姿に気付くとすぐさま走り寄ってきて、開口一番頭を下げた。
人が謝ってるのにそれを無視するのもなんなので、仕方なく俺は応える。
「ん」
「私、恥ずかしくなるとつい手が出てしまって・・・・・・ごめんなさい」
つい手が出たという割には的確にみぞおちを突いていたけれど、所詮は一時的なダメージだ。
あと30cm下だったらさすがにヤバかったけど。
「そんなに気にすんな。俺もいいもの見せてもら」
「あら先輩。おかわりをご所望ですか?」
冷酷さが混じったあいつの声を聞いて、俺は本能的にふるふると首を横に振る。
あいつは鼻から一つため息をつくと、
「せ、先輩は・・・・・・」
今度は少し恥ずかしそうにもじもじしながら話し始めた。
「先輩は、その、私の―――見たいんですか?」
「へ!?」
俺は思わず変な声を出してしまった。しかしそれを意に介さずあいつは続ける。
「あの、も、もし先輩が見たいなら、私、いいですよ・・・?」
そう言ってあいつは自分のスカートの裾を掴む。
「いや、そんなの、別に」
俺はしどろもどろな制止の言葉をかけようとするが、あいつの手から目が離せない。
白くて細い手は少しずつその高さを上げ、スカートの下の膝が見え、健康的な腿が見え、そして
「先輩・・・!」
あいつはスカートを一気にめくり上げると―――
「あははははは!」
目に飛び込んできたのは当校指定の青色のジャージ(ハーフパンツタイプ)。
「あははは! 先輩見過ぎですよ! あははは!」
俺はあいつに背中を向ける。
「もう、私はそんなはしたないことする女じゃ・・・ってあれ? 先輩?」
「・・・・・・」
いや、その、なんだ。
モノが見えなくても、スカートをめくり上げる行為が、なんかちょっとアレだ。
「先輩ー? どうしましたー?」
自覚が無いのは、時に罪だと思う。



「それにしてもお前、毎日屋上に来るよな」
屋上へ上がる前に校内の自販機で買ったコーヒー牛乳の紙パックをかばんから取り出しながら尋ねると、
「そんなことないですよ。土日と祝日は来てません」
あいつは自分のかばんからヨーグルト飲料の紙パックを取り出しながら答えた。
一緒に買いに行ったわけでもないのに、ずいぶん準備がいいな。
二人揃って自分の飲み物にストローを差す。
「・・・・・・つまり学校がある日は毎日ってことだな」
「だって先輩が毎日屋上にいますから」
そしてえへへ、と照れながら笑う。
照れるくらいなら言わなきゃいいのに、と思いつつ俺もなんだか目を合わせられない。
俺は紙パックのストローを強めに吸った。
「あれ、先輩照れてます?」
「照れてない」
「隠さないで下さいよ」
「隠してない」
「またまたあ!」
そして気付く。俺はいつの間にこいつと普通に話すようになってしまったのだろうか。
まるで、昔からの知り合いだったような感じだ。
かといってこちらから話すことはないので、こいつが話すことに対して俺が答えているのみだけど。
「あ、先輩に一つ訊きたいことがあったんですけど」
「なんだ」
「先輩って不能ですか?」
「ぶはっ!」
突然表れたパンチの効いたワードに、俺は飲んでいたコーヒー牛乳を吹き出した。
なんなんだこいつ!
「どうしたらそうなるんだ」
「だって先輩、私に対して微塵も興味抱かないじゃないですか」
「それだけで不能に直結させるな」
「じゃあ他に一体何が考えられるっていうんですか!」
「むしろ他に一体何も考えられんっていうのか!?」
いかん、こいつが変なこと訊くもんだから声を荒げてしまった。
「えー、だって可愛い後輩が毎日会いに来てあげてるんですよ? 少しは興味持ってくれたっていいじゃないですか」
「来てくれだなんて頼んだ覚えはない」
「じゃあ私が明日から一切来なくなっても、先輩は寂しくならないんですか?」
寂しくなんかない。
即答しようと思ったのだが、なぜか言葉がすぐに出てこなかった。
代わりにワンテンポ遅れて、
「・・・・・・別に」
俺はやや柔らかめの答えを返した。
「なら、やっぱり先輩は不能ですよ。そうでなかったら男色?」
「仮にでも女の子なんだからそういう言葉は言わない方がいいと思うぞ」
「仮にでもって! 私は100%純国産の美少女です! ・・・ん?」
あいつは顎に手を当てて何やら少し考え始めた。そして、
「先輩、私のこと女の子として見てくれていたんですね!」
両手を胸の前で合わせたかと思うと、これ以上ないくらいに輝いた表情で俺の方を見た。
「いや、だって一応女だろ。生物学的に」
「先輩、私のことを一人のレディーとして見てくれていたんですね!」
「レディーと言うよりはガールだな」
「先輩、私のことを一人の女性として意識してくれていたんですね!」
「段々意味が飛躍しているぞ!」
ここで俺は突き放す言葉もかけられただろう。
だけど、あまりにも嬉しそうにしているこいつを見たら、毒を吐くことがためらわれてしまった。



2020/06/27

3話まではキャラ見せがてらの日常コメディですが、次から話が動き出します。
二人の飲み物を、コーヒー牛乳とヨーグルト飲料にしたのは、『秒速5センチメートル』へのオマージュ。




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