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第4話:「ところで先輩、賭け事はお好きですか?」



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「ところで先輩、賭け事はお好きですか?」



放課後の屋上。
当然のように今日も俺の横に来たあいつから、突然そんな質問をされた。
賭け事と言っても俺は学生の身分だからパチンコや競馬に興じたことはない。
「まぁ、普通」
「そうですか。じゃあ先輩、私と賭けをしませんか?」
「賭け?」
「はい。ルールは簡単です。私が先輩の考えていることを当てたら私の勝ち。外したら私の負けです」
「・・・そんなんでいいのか?」
これは俺に有利すぎる。人の考えていることなんてそう当たるものでもないし、万が一当たっていても違うといえば済むだけの話だ。
「はい。先輩が勝ったら先輩の言うことを一つ何でも聞きますよ。もちろん流れ星のように万能ではないので、私ができる範囲の願い事であればですけど」
どうせ『言うことを何でも聞く』なんて言葉を出して、俺が反応するのをからかおうとしているのだろう。
こいつの考えていることが読めるようになってきた。その手には乗るものか。
「じゃあ、もし俺が『もう二度と屋上に来んな』って言ったら、今後は来ないってことか?」
俺がそう言うと、あいつは驚いた表情――もとい、急に引っ叩かれたときのように傷ついた表情をした。
え、ちょっと、そんなつもりはなかったのだけど。
だが、あいつはすぐに真面目な顔に戻って、
「はい、ちゃんと守ります。その代わり、私が先輩の言うことを当てることができたら―――」
一体この常識破りは何を提示してくるのだろうか。
俺は身構えたが、なかなかあいつは言い出さない。
「なんだよ。そっちもなんか要望があるんだろ?」
「え、えっと、はい。あの、ですね・・・・・・」
あいつは下を向いてごにょごにょと呟いている。そして両手のこぶしを握って、はっきりこう言った。
「わ、私とデートして下さい!!」
・・・・・・これまた随分大胆に来たもんだ。
あいつは屋上へ毎日来て、俺に毎日話しかけるようになったが、それ以上は踏み込んで来なかったから、俺も適当に受け流すことができた。
だけど、今回はいつもよりも、かなり攻め込んできたな。
「デート、ねぇ・・・・・・」
あいつにとっては、この賭けを持ちかけること自体がある意味、大きな"賭け"だったに違いない。
その度胸に敬意を表して、賭けに乗ってやってもいいだろう。
ま、そもそもこの勝負、完全に俺の方に分があるわけだし。
「・・・・・・わかった」
「ほ、本当ですか!? 絶対ですよ! 後でやっぱりダメとかなしですよ!」
「わかってるよ」
「男に二言はないんですよ! 約束して下さいね!」
興奮した口調であいつは俺に詰め寄る。
「あぁ、約束する」
俺がそう言った瞬間、あいつは怪しく口角を上げた。その表情を見て、俺の背筋に寒気が走る。
俺はとんでもない賭けに乗ってしまったんじゃないだろうか。
いやいや、人が考え事を当てるだなんて、そんなことできるわけがない。
頭を振って、俺はその不安を振り払う。
「では、先輩は何か一つ考えてください。私はそれを当てますから」
さて、どうしたものか。「腹減った」とか「眠い」とかシンプルなものだと当てられてしまうかもしれない。もっと微妙なところを突かないと。
むしろこいつが知ってるわけじゃないことにすればいいんじゃないか?
そう考えて俺は「おはぎはこし餡の方が美味しい」にした。
我ながら大人げがないと思うが、賭けを仕掛けられた以上全力で勝ちに行くのが筋ってものだろう。
「よし、考えた。何ならどこかにメモでも書いて証拠にしておくか?」
当てられるわけがない内容を思い付いて俺は余裕を見せたが、あいつは
「いえ、必要ありません。ではこれから、先輩の考えていることを当てますね」
俺以上に余裕の表情だ。なぜだ、超能力を持っているわけではないだろうに。
まさかその超能力を持ってるって? 馬鹿馬鹿しい、うちではSFものは扱っていない。
あいつは俺に数歩近付くと、俺の頭の前で手の平を広げて
「ふむふむ、なるほど・・・・・・」
何やら読み取っている。何この人、超怖い。
そして、今度は手の平をグーにして自分の額に当てて何度か頷くと、あいつはにっこりと微笑んだ。
「先輩の考えていることが分かりました。当たっていたら、私とデートして下さいね」
「・・・・・・わ、わかった」
強がりやはったりには決して見えないあいつの自信たっぷりな言い方に、俺は不思議に思いながらも頷く。
「先輩が考えていることは―――」


「先輩は、私とデートするつもりがない」


「・・・は?」
俺はぽかんと口を開けた。何を得意げに言ったかと思えば、かすりもしなかった。
「はず―――」
はずれだ、と言いかけて、俺は気付いた。
『先輩は、私とデートするつもりがない』というのを外したということは、もともと俺はこいつと『デートするつもりがあった』ということになってしまう。
かといって俺が『デートするつもりがない』と考えていたことになれば、あいつは俺の考えを当てたことになり、約束通りデートすることになる。
つまり、当たっていても外れていても、デートをすることになる。
俺が考え込んでいるのを、あいつはにやにやした顔で見ている。こ、こいつ・・・・・・
「イカサマじゃねぇか・・・・・・」
「作戦勝ち、と言って下さい」
こともなげに言ってのけるあいつ。
ほくそ笑みながら、次に俺がなんと言うか出方を伺っている。
俺はいろいろと逡巡したが、結局、
「・・・・・・降参だ」
白旗を上げた。勝ち目がない賭けだったにも関わらず、俺は絶対に自分が有利な賭けだと思ってしまった。
見抜くことができず、賭けに乗ってしまった俺の完敗だ。
「・・・・・・」
俺の敗北宣言に対して、何かリアクションがあるかと思ったが、あいつはまだ下を向いていた。
意外だな。てっきりまた小馬鹿にしたような態度で煽ってくるとでも思ったのに。
「おーい」
俺が呼びかけると、あいつは急に走り出して屋上のフェンスへ張り付いて、そして、
「先輩とデートだよおおおお!!!!」
叫びやがった。それも腹の底から全力ボイスで。
「さ、叫ぶな! 落ち着け!」
しかし、俺の怒声も届くことはなく、あいつのハイテンションぶりは収まらない。
「だって! 最初は私と口すら聞いてくれなかった先輩と! ついにデートまでたどり着いたんですよ! これが落ち着いていられますか!」
今度は屋上をぐるぐると歩き始めた。
「美容院予約しなきゃ。デート当日は何の服着ていこう」
そしてぶつぶつと呟いている。
「そんなに舞い上がるなよ。ただ出かけるだけだろ」
「ただ出かけるだけじゃありません! デートです! 若い男女がキャッキャウフフと組んず解れつ戯れるんですよ!」
「デートするとは聞いたがそんなオプションは契約に入ってないぞ!」
「とりあえずですね、落ち着いて下さい」
「お前がな」
「まずデートの日取りを決めましょう。次の大安はいつだったかな」
結婚式か。
「・・・・・・今週末はどうだ」
こいつに一方的に話を進めさせると危ない気がするから、俺は自分から提案した。
「え?」
「だから今週の日曜とか。空いてるか?」
俺がそう言うと、あいつの体が雷に打たれたようにびくっと震えた。そして
「先輩ったら自分から提案してくるとか、私とのデートに対してすごく積極的じゃないですか!」
「な・・・!」
俺に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「うわあ、先輩も乗り気みたいで嬉しいです! 私、ぐいぐい引っ張ってくれる男性が理想なんですよ!」
「乗り気なんかじゃない! そしてお前の理想なんて知らん!」
「その調子で先輩がどんどん決めちゃってください! 先輩の言うことなら法律に引っかからない限り、なんでも聞いちゃいますよ!」
「危ない発言をするな!」
「いやあ、先輩もデートを楽しみにしてくれているだなんて、私すごく嬉しいです!」
「だあああ、めんどくせー!」
俺は週末に控えた、賭けに負けた代償のことを思うと、頭が痛くなってきた。


2020/07/05

10年前は第1話の「会話をしない状態」から、この第4話の「無理やりデートへ行くところまで進展する」を起承転結の"結"にして、ここで執筆を終えていました。
だけど、最近続きを書き足したので、まだ"承"の部分です。
まだ続くので、楽しんでいただけると嬉しいです。

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