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第2話:「今日も相変わらず貴重な青春の一コマを浪費してるんですね」


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「今日も相変わらず貴重な青春の一コマを浪費してるんですね」


放課後の屋上。
「・・・・・・」
今日も、あいつはやって来た。
昨日俺が会話に乗ったことに気を良くしたのか、今日も俺のすぐ横から一方的に話しかけてくる。
だから俺はこれ以上エスカレートしないよう、今日も頑なにまぶたを閉じて聞き流す。
「先輩、青春は一度きりですよ。屋上で寝転がる以外にすることはないんですか?」
「・・・・・・」
「あ、もし雨が降ったらどうするんですか?」
「・・・・・・」
「まさか、それでも雨にも負けず屋上で昼寝?」
そんなわけないだろ! プログラミングされたロボットじゃないんだから!
俺は心の中でつっこむが、口には出さない。ここで言葉を返したらそれこそあいつの思うつぼだからだ。
「むぅ、そこは『そんなわけないだろ! プログラミングされたロボットじゃないんだから!』ってつっこむところですよ、先輩」
なんだこいつ、人の心を読む超能力でも持ってるんだろうか。俺は内心ドキリとした。
だが、幸いにも動揺は悟られなかったようだ。あいつは不機嫌そうな声を上げる。
「・・・・・・今日も無視ですか、そうですか」
はい、そうです。
「先輩、どうしたらまた目を開けてくれるんだろ」
お前がいなくなったら。
「仕方ないですね、今日は一時撤退して作戦を考えてきます」
どれだけ作戦を練ろうと俺は目は開けないというのに。
そんな無駄な努力に時間を費やす方が、よっぽど青春の一コマの浪費じゃないか。
とは言え、そこまで優しく教えてやる義理はない。突き放すのも優しさだ。
「それじゃあお先にしつれ・・・きゃっ! 風でスカートが!」
俺は目を見開いた。視線の先には慌ててはためくスカートを抑えるあいつ・・・・・・ではなく、堂々と腰に両手を当てているあいつ。
・・・・・・やられた。
「あら、先輩って案外古典的な手に引っかかるんですね」
最初は驚いた顔をしていたあいつだが、すぐにしてやったりという顔になった。
俺は慌てて目を逸らす。悔しさと恥ずかしさが混じり合った感情が湧き上がってきた。
「そうですか、色仕掛けは有効ですか」
俺の横にしゃがみこんで、俺が逸した顔を覗き込む。自分が情けなさ過ぎて怒る気すら起こらない。
「でも先輩、落ち込むことないですよ。先輩だって男の子なんですから」
訂正。2学年下に男の子呼ばわりされたら、少し苛立ってきた。
「・・・・・・うるさいな」
「あ! やっとしゃべった! やったー!」
俺はただ悪態をついただけなのに、満面の笑みになるあいつ。
仕方がない、今日は負けを認めてあいつとの会話に付き合ってやろう。
俺は両手で体の後ろを支えて、上半身を起こした。
「で?」
「え?」
俺が一文字で話しかけると、あいつは一文字で聞き返す。これだけではさすがに伝わらなかったか。
「だから、何か目的があって話しかけてきたんだろ。何の用だ?」
先程の「で?」の一字に込めた意味を説明する。
「目的、ですか。えっと・・・・・・」
「ないのか?」
俺が言うと、あいつはふるふると両手を顔の前で振った。
「いや、その、最終的な目的はあるにはあるんですけど、現段階で公表するにはおこがましいといいますか、まだ時期尚早感も否めなくてですね」
「は?」
「ですから森羅万象全ての物事には順序と言うべきものがありまして、それぞれの段階ごとに達成目標のようなものが存在しているわけで、今はまだその第二段階なので」
なんだかまどろっこしいことばかりを言っていて、ちっとも要領を得ない。
「つまり?」
「今日の目的は、話すことです」
「・・・・・・へ?」
「ですから、目的があって話したわけではなくて、話すことが目的なんです」
話すことが目的。なんだ、こいつ放課後のおしゃべりに興じたいだけなのか。
「話すことが目的なら、俺みたいな無愛想な奴じゃなくて、もっと他に適任がいるんじゃないか?」
何も無視を決め込こもうとする相手に話しかけることもないだろうに。
「あの、先輩。それ本気で言ってます?」
すると、あいつはなぜか憐みを込めた目で俺を見た。
「いや、本気も何も、正論だろ」
「ここまで天然で鈍感だなんて事前情報になかったよ。道のりは長いな・・・・・・」
そして、斜め下に顔を向けると、今度は何やら独り言をつぶやいている。
「さっぱり意味がわからん」
「この先輩、また私に恥ずかしいこと言わせるつもりですよ。隠れSですよ。なんとなく分かっていましたけど」
「え? "また"?」
後半のいわれなき中傷は聞かなかったことにして、引っかかった言葉の意味について考える。
"また"と言うからには既に言った言葉なんだろう。だが、今日こいつが言ったことの中に思い当たる節はない。すると、
「昨日の『例え先輩のことが簡単に思い通りにならなくても、私は頑張りますから』ってやつか?」
「きゃーーーー!!!!」
「がふっ!」
俺は突然息が止まりそうになった。ワンテンポ遅れて、俺はみぞおちにパンチを入れられたのだと気付く。
「お、お前・・・・・・」
不意をつかれて攻撃をもろに食らってしまった俺は、情けないことに腹を押さえて仰向けに倒れ込んでしまった。
「・・・はっ! せ、先輩大丈夫ですか? お怪我はないですか?」
「お前が、やったん、だろ・・・・・・」
「そ、そうでした。いくら先輩が乙女の純情に土足どころかスパイクで踏み込むようなデリカシーゼロの人間だったとは言え、手を出してしまってすいません!」
前置きが長ったらしいが、本当に謝る気はあるのだろうか。
「ぐっ・・・!」
「こ、このままでは先輩の命が危ない! 救急車ー! 衛生兵ー!」
あいつは俺の周りを駆け回りながら、叫びだす。
「・・・・・・大袈裟だ」
「ですよね」
すると、今度はさっきまで慌てふためいていたのが嘘だったかのように、途端に冷静に相槌を打つあいつ。一体どういう情緒してるんだ。
「あぁ、もう帰る」
もう屋上でのんびりする気分じゃなくなったので、俺は脇にあるかばんを手に取って立ち上がった。すると
「待って下さい先輩! 私も帰ります」
そう言ってあいつも少し離れたところに置いてあった自分のかばんを取りに行く。
「いや、なんで一緒に帰ろうとするんだよ」
「またまた、先輩ったら照れちゃって」
「照れる要素は1ミリたりとも存在しない」
生意気なあいつを俺はあしらおうとする。
その時、一陣の風が吹いた。
風は、俺の髪を揺らし、ズボンから出ているワイシャツの裾をはためかせる。
「きゃっ・・・!」
風は、あいつの髪を揺らし、スカートをはためかせ、そしてーーー
目にもとまらないくらい素早い動作であいつはスカートをかばんで押さえると俺の顔を見上げた。
「・・・・・・」
俺を睨みつけるが、ちっとも怖くないのはあいつの顔が真っ赤なせいだろうか。
「・・・・・・見ましたか?」
「・・・・・・何を?」
再び攻撃されては敵わないので、俺は慎重に言葉を選ぶ。
「見ましたよね?」
「見てない」
「こっち見てましたもんね?」
「気のせいだろ」
「今の角度的には見えたはずです」
「見えてないって」
「何色でした?」
「白―――」
その刹那、あいつは目にも留まらぬ速さで俺との距離を詰めると
「がふっ!」
再び攻撃をみぞおちに入れ、俺は無様にも膝をつく羽目になったのだった。




2020/06/21

情景描写は最初の「放課後の屋上。」だけで済ませているので、皆さんが自由に景色を思い浮かべてください。
現在、イラストレーターの方に二人の絵を頼んでいるので、早く公開できるといいな!


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