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第7話:「雨の日まで屋上に来るなんて、バッカじゃないですか?」


※ 「屋上」の目次はこちら

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「雨の日まで屋上に来るなんて、バッカじゃないですか?」



放課後の屋上。
扉を開けるやいなや開口一番、あいつは言った。
屋上に傘など持ってくるわけもないので、扉の上に申し訳程度にある小さな屋根の下、俺達は立っていた。
年上に向かって馬鹿とは随分乱暴な言葉だが、まさにその通りだと自分でも思う。
だって、お前が来るかもしれないだろ。
そんな柄にもない言葉が喉まで出てきて、
「お前こそ、雨の日まで屋上へ来るなんてどうかしてるだろ」
波紋が広がる屋上を見ながら、代わりに憎まれ口を叩いた。
今日の天気は雨。それも、不意の雨ではなく昨日の夜から降り続いている雨で、天気予報でも今日の降水確率は100パーセント。
そんな日に屋上へ来るなんて、どうかしてる。
俺は放課後屋上へ行くことを習慣にしていたけど、これまでに雨の日に行ったことは一度もなかった。
「だって、先輩が来るかもしれないじゃないですか」
あいつの口から先程俺が飲み込んだ言葉がこぼれた。
なんだってこいつは、平気でそういうことを。
「・・・・・・だからって来るか? 普通」
「来るに決まってるじゃないですか、普通」
俺があいつの方を見ると、狭い屋根のせいでいつもより近い距離からあいつがじっと俺を睨むように見ていた。
「無視されていたところから、ようやく毎日話せる関係までたどり着いたんですよ。たかが雨ぐらいで、引けるわけないじゃないですか」
「・・・・・・」
なんで、ここまで真っ直ぐにそういうことを言うことができるのだろう。
こんなにも真剣な顔で言われると、冗談で返すこともできない。
俺はばつが悪くなって、あいつから目を背けて空を見上げた。
空を覆い尽くす灰色の雲から、雨粒は休むことなく落ちてくる。
よくもまぁ、これだけの量の水が空にあるもんだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話がないぶん、雨が屋上の床を叩きつける音が嫌でも大きく聞こえる。
前は一緒にいて楽だ、なんて言ったけど、今はちっとも楽じゃない。
「・・・・・・お前が来るかもしれないからだ」
「え?」
俺の小さなつぶやきは、雨音にかき消されてどうやら届かなかったらしい。
仕方なく俺はあいつの方を向いて、今度はちゃんと聞こえるように言う。
「俺がここへ来たのは、雨が降ってるのに屋上へ来るような、馬鹿な後輩がいるかもしれないからだ」
「・・・・・・なんですか、それ」
俺の最大限努力した言葉に、あいつは呆れるように微笑んだ。
意気地なしの俺を許してくれ。これが今の俺が言える精一杯なんだ。
「あのですね、先輩」
「ん?」
「実は私には特別な能力がありまして」
すると、あいつは突然おかしなことを言い出した。
「能力?」
「はい。世界を晴れにする能力です」
「いや、お前はただの『のんきの子』だろ」
そんな、100パーセントの晴れ女だなんて。うちでは二次創作ものも扱っていない。
「だから、先輩」
「ん?」
そういうと、あいつは俺の両手を掴んだ。
「踊りましょう」
「・・・・・・は?」
そして、屋根のない場所へと、雨が降りしきる屋上へと力強く引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと待てよ! まだ土砂降りのままじゃんかよ!」
「あはは、シンギンザレ~イン♪」
調子の外れたあいつの歌声をBGMに、俺とあいつは水浸しのダンスホールをくるくると回る。
「ほらほら先輩! もっと回りますよー!」
俺は屋根のあるところまで戻ろうとしたけど、あいつの力は思いの外強くて、振りほどけなかった。
上履きが一瞬で水を被り、靴下がつま先からかかとに至るまで水没したのを感じる。
ワイシャツもすぐに体や腕に張り付いてきた。中に着ているシャツも水浸しだ。
あっという間に自身の体が完全に浸水して、今さら屋根のある場所へ戻れたとしても無意味だと悟った。
「お前、やってくれたな」
「あはははは!」
「こいつ・・・・・・くらえ!」
俺はわざと水たまりが深くなっているところへ思いっきり足を突っ込んで、二人の間に水しぶきを派手に起こした。
「ギャース」
それを喰らったあいつは俺の腕を離すと、よろめく演技をして、そしてそのまま後ろに大の字で寝転んだ。
「お、おいさすがにそれは・・・・・・」
「あ、私ははしたない女ではないですから、キャミソールを着用してるので残念ながらブラ線は見えません」
「その発言がはしたない。ってそうじゃなくて、いくらなんでも雨の屋上で寝転がるなんて・・・・・・」
俺はあいつの行動に戸惑うが、あいつは何も気にしていないようだった。
「先輩もご一緒にどうですか? 雨の中で寝転ぶのは、服がぴったりと体に張り付いて、体中に冷たい水が染み込んでくるようで、なかなかに気持ち悪いですよ」
「・・・・・・とても人を誘う文句には聞こえないな」
とはいえ今さらどうしようもないくらい体は濡れていて、もはやこれ以上何をしても変わらないだろう。
俺はあいつのすぐ横で、同じように大の字で寝転んだ。
体の表側に雨粒が直に降り注ぎ、目を開くのが難しいくらい顔の表面を水が流れ、裏側からは床の水分がひしひしと伝わってくる。
つまり、気持ち悪い。
「あはは! 先輩」
「ん?」
「今私、全身ずぶ濡れで、気持ち悪くて、とっても楽しいです」
今までの俺の人生で聞いたことのない、不自然な因果律。
でも、あいつが言うと、それはとても自然なもののように思えた。
「先輩は今、楽しいですか?」
「え?」
あいつに聞かれて俺は考える。
拭っても拭っても顔の周りは次から次へと雨が降り注ぐし、いくら最近暑くなってきたとはいえここまで体が水に浸かると少し肌寒いし、横では馬鹿なやつが底抜けに笑っているし、答えなんてもちろん、
「・・・・・・楽しくないわけ、ないよなぁ」
「あはははは!」
あいつは両手両足をバタバタさせた。水しぶきがはねて、俺の顔にもかかる。
不思議なことに、それはちっとも不愉快ではなかった。
「少しは、雨の降る世界も嫌いじゃなくなりましたか?」
「雨のことを恨むくらい嫌いだったのはお前だろ」
「あぁ、そうでした。でも、先輩と一緒にずぶ濡れになっていたら、その気持ちも少し洗われました」
まるで、雨を恨むというのが冗談で言ったのではなく、本気でそうだったかのような言い方だった。
「あ! 先輩見てください!」
突然あいつが真上の空を指差した。
「ま、まさか・・・・・・」
さっきまであれだけ空を分厚く覆っていた雲が割れ、その隙間から僅かだが青色が見え始める。
つい先程まで強く降りしきっていた雨は、いつの間にか小雨へと変わっていた。
あいつは起き上がると、ふらふらと屋上端のフェンスまで歩いていった。
びしょ濡れの制服のあちこちが寄れていて、背中には砂利が無数に張り付いている。
俺はそのひどい有様のあいつ背中を追って、フェンスへと近付いた。
屋上からは、動くものが何一つない運動場と、学校の敷地の向こうに広がるくすんだ灰色の街が見える。
その色彩に乏しい世界が、雲の割れ目から差してきた光を浴びて、少しずつ色を取り戻していった。
「お、お前本当に・・・?」
晴れ女だというのか。俺はあいつに尋ねようとしたが、
「あは、ははは・・・・・・」
その必要はなかった。
こっちを振り返ったあいつの方が、驚いた顔をしていたからだ。
「まさか、本当に晴れちゃうだなんて・・・・・・」
「なんだよ。自分で晴れにするだなんて言っておいて」
「いえいえ、私はただの『のんきな子』ですから」
びしょ濡れの前髪が張り付いたまま、はにかんで笑う。
「今雨が止んだのは本当にただの偶然、奇跡です」
この学校に、この屋上に、ずぶ濡れのあいつの制服姿に、空から光が差し込んできた。
「でも、私といたら"世界は晴れる"。そんな人に、私はなりたいんです」
光はその幅をどんどん広げていく。やがてそれは、
「先輩の世界に雨が降っていても、今の私なら必ず晴らしてみせますよ」
あいつの後ろに、綺麗な虹を創り出した。



2020/07/29

会話劇そのものを楽しんでもらいたくて、これまで情景描写を開始二行目の「放課後の屋上。」だけくらいにして意図的に大幅に減らしてきました。
その方が、読む人にとって自分で思い描いた世界になると思ったからです。
だけど、第7話は珍しく周りのことを多めに書いてみました。
二人を取り巻く景色が、うまく伝わっていると嬉しいです。

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