『ドライ・マティーニのオリーブ』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2022年9月27日オンエア分ラジオドラマ原稿)

マティーニを頼んだ僕は、
複雑な思いで、グラスの底のオリーブを眺めていた。
オリーブのほうだってそうだ。
きっと複雑な思いで僕を見上げていたに違いない。

男「仕方がないのかなあ」
女「仕方がないのよねえ」
男「え?」
女「何か言いました?」

隣に座った女性と同じカクテルを飲んでいて、
同じタイミングで同じ意味のことを独りごちることは、
バーのカウンターではよくあることだ。

男「ああ、いえ、ただ僕の彼女と同じ香水です」
女「あら、そう」

そんなことも、たまにはある。
それから僕らはマティーニ一杯分の話しをした。
僕はガールフレンドと別れたばかりだということ。
彼女は付き合ったばかりの男に浮気をされて別れてきたところだということ。

男「マティーニってこんなにドライだったかな」

ジンとベルモットをステアしてオリーブを添えるだけのシンプルなカクテル、
それがマティーニだ。

女「私はドライ・マティーニが大好き。辛口なほどおいしいと感じちゃう」

ジンの分量が多くなるほど辛口になる。
ジンとベルモットのバランスだけで無数のバリエーションがあると言える。
シンプルだが奥が深い、マティーニがカクテルの王様と言われる由縁だろう。

男「ウィンストン・チャーチルは、マティーニにベルモットを入れず、ベルモットの瓶を眺めながら飲んだそうだ」
女「ジンのストレートじゃない(笑)」
男「瓶を正面から見ると甘くなりすぎるから、横目で見て飲んだそうだよ(笑)」
女「試してみようかな」
男「僕のおすすめは、ベルモットにオレンジビターズを数滴垂らして、捨てる」
女「捨てるの?」
男「ベルモットの香りだけ残してジンを注ぎ、レモンピールで香りづけ」
女「美味しそう」
男「かなり辛口だけど、今の僕たちにはそれくらいドライなマティーニが合ってるかもね」
女「そうね」

そう言って僕らはそのレシピのドライ・マティーニで乾杯をした。

彼女も僕も恋人と別れたばかり。
あまりに辛いドライ・マティーニを飲み終えるタイミングも、
やはり同じだった。

女「ねえ、このオリーブ、食べても食べなくてもいいのよね」
男「そうだね」
女「いつもはあんまり食べないんだけど、今日は食べてみようかな」

そういって彼女はオリーブを摘んで、自分の小さな口にそれを入れた。

女「あなたはどうする?」

彼女の香水の香りがベルモットの香りと混ざり合っていた。

男「僕も、食べるよ」

そう答えると、彼女は僕のグラスからオリーブを摘んで僕の口に入れた。


おしまい

※こちらの小説は2022年9月27日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア

作:Gota Ishida

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