ラジオドラマ原稿『あの頃の彼』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2023年7月4日オンエア分)

	バーのカウンター。

男「…彼氏とはどう?うまくいってる?」
女「…まあね」

彼女とは半年前に別れた。
理由は、

女「他に好きな人ができた」

そういって一方的に僕はフラれた。
そして半年ぶりにこのバーで再開した。
彼女は髪型もメイクも服の趣味も、
半年前と何も変わってなかった。
変わっているのは、隣を歩く男性が僕じゃなくなったということだろうか。

男「もうここには来ないもんだと思ってた」
女「どうして?」
男「僕とよく来ていたバーだったから。別れたら行きにくくならない?前の恋人とよく行ってた店なんて。それこそこうやって、ばったり会ってしまうかもしれないし」
女「私は私の好きなバーに好きなときに来たい、それだけよ」

彼女のそういった物言いも、やはり半年前と何も変わってなくて、
僕は苦笑いすることしかできなかった。

女「で、そっちはどうなの?彼女できた?」
男「いやあ、仕事が忙しくて。ってそんなこと言ってるから、君の気持ちの変化にも気づかなかったんだろうな」
女「…そうね」

彼女は諦めたようにそう言って、モヒートを飲み干した。

	時間が経ち、かなり酔ってしまっている女性。

女「大丈夫だから、一人で帰れるし」
男「モヒートを5杯も飲むからだよ。大丈夫じゃないだろ」
女「だめ!もう恋人じゃないんだから!」
男「君の彼氏に見られるかもしれないけど、それは分かってるけど、いま君は一人じゃ歩けないだろう?」

僕は彼女を抱きかかえて彼女の部屋へ送り届けることにした。

男「着いたよ。ベッドまではいけるかい?」
女「…無理、連れてって」
男「やれやれ」

	マンションのドアを開ける音。

男「ほらベッドだ。水を飲んで」
女「ありがうー」

彼女の部屋は半年前と何も変わっていなかった。
ただ一つ変わっていたこと新しい恋人との写真が飾られていたことだった。

男「新しい彼氏との写真か。どんな男だろう…。ん?」

それは僕の写真だった。
彼女はまだ僕とのデートでいった水族館や沖縄旅行の写真が飾っていた。

男「じゃあ、新しい彼氏がいるというのは、嘘だったのか?嘘をついて僕と別れた?」

女「嘘じゃないわ!」
男「え?」
女「その写真は全部5年前のあなた。5年前にあなたと行った沖縄旅行の写真よ」
男「どういうことだい?」
女「私のいまの恋人は5年前のあなたなの!プレゼントにパキラをくれて、私の作ったカレーを感動しながら食べてくれて、モヒートの美味しいバーに連れてってくれる。水やりを忘れる私の代わりに、パキラに水を上げてくれるあの頃のあなた」

彼女の寝室のパキラは緑の葉を大きく生やして育っていた。
そして彼女は眠ってしまった。
男「あの頃の俺か…」

僕は床に座ってパキラを眺めた。
土は少し乾いていた。

男「明日の朝は、僕が水を上げてもいいかい?」

彼女の寝息だけが聞こえていた。

おしまい。

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