ラジオドラマ原稿『趣味と恋愛』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2023年12月12日オンエア分)
女「あなたは釣り、好きなの?」
男「釣りかあ。子供の頃は父親によく連れてってもらったなあ」
マスターが最近釣りにハマっているらしく、
僕たちにさんざん釣りの楽しさを語ったあとだった。
男「待つのが苦手なんだ」
女「たしかにあなたは積極的に行動するタイプね。でも釣りにも色々あるんでしょ。待たないで積極的にあの手この手を尽くして釣ろうとするのも」
男「ルアーフィッシングはそうだね。本物の餌に姿や動きを似せたルアーで魚を誘い、食いつかせる」
女「偽物でも食いついちゃうんだ。魚ってバカね」
彼女は空になったカクテルグラスをマスターに渡して「おかわり」といった。
女「てかさあ、なんで釣りを恋愛に例えるんだろう」
男「どこか似てるところがあるんじゃないかな。釣った魚にエサをやらない、とかね」
女「その言葉ムカつくのよね」
男「釣った魚にエサをやらないことが?」
女「そうじゃなくて。なんで男が人間で女は魚なの?」
男「まあ例えじゃないかな、付き合う前は優しくしてたのに、いざ付き合うと…」
女「そんなことは分かってんの。じゃなくて、こっちだって選んでるから。なんなら釣った魚がダメだったらすぐにリリースするしね。偽物で食いつかせてるのは女の方だし。うんバカな魚は男の方よ」
これが、このバーで彼女と交わした会話だった。
数ヶ月後、僕らは些細な喧嘩をして別れてしまった。
ダメだった僕はリリースされてしまった、というわけだ。
僕と別れた彼女は、すぐに別の誰かと結婚をした。
どうやら僕は、待たせていたことに気づいてなかったようだ。
待つのが苦手と言っておきながら、彼女のことは待たせていた。
それから僕は釣りを始めた。
ルアーフィッシングではなく、ただ待ち続ける釣りを。
待ち続けて3年が経った。
彼女は離婚をした。
そして僕は、このバーで彼女と再会した。
男「覚えてる?このバーで最後にした会話?」
女「釣りの話。マスターが釣りにハマってて」
男「あのあと、僕も釣りを始めたよ」
女「そうなんだ。楽しかった?」
男「やっぱり待つのは苦手だった」
女「…そっか」
男「だからもう釣りはやめたよ。今度は山登りを始めたんだ」
女「山?」
男「山を登るにはちゃんと準備が必要なんだ。計画を立てて装備を揃えて、ゆっくり一歩一歩登っていくんだ」
女「楽しそうね」
男「来週末、一緒に言ってみないか?そんなに高い山じゃないところから、ゆっくり足並みを揃えるから」
女「…うん、ありがとう」
おしまい
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