もし、望む道が歩めなかったとしても
どうもこんにちは。
寒波がやってくるということで、朝から車椅子の夫の車に、
荷物をせっせと詰め込んでいた
雪国ド底辺女のこぶたです。
私には大正11年生まれ、100歳の祖母がいます。
そんな祖母が92歳の時にいってた言葉をときどき思い出しては
噛み締めています。
頭がよく、女学校へ行き勉強したいのに、自分を女性役割に閉じ込めようとする父親や義父と戦う人生を送ってきた婆ちゃん。
年下の妹たちの世話や家事、畑仕事に勤しみ、
好きでもない人と見合いで結婚させられて、子守りに畑に忙しく暮らし、自分はなぜこんなに虐げられるのかと
運命に抗おうと必死に生きてきた。
けれど、
ふと立ち止まって見ると、
子どもたちも60を過ぎても皆生きていて、孫も、曾孫もいる。
色んなことのあった人生だけど
自分も畑仕事しながら元気に生かされてる。
そんな幸せもあるんだなと
90過ぎて気づいたそうです。
望む道が歩めなかった不幸さを
見つめて生きていたら
自分がもってる幸せか見えなかった。
望む道が必ず幸せとは限らないというお話です。
私もそう。
私も同じだよ、お婆ちゃん。
キラキラとした未来は掴めなかったけれど、
望む道は歩めなかったけれど、
随分回り道してしまったけれど、
今日、暖かい場所で目覚め
好きな人の子どもたちに囲まれて
今、私は幸せです。
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