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あれから13年 ただの都会に感じられるようになったバンコク -第3章ー(2) 家出ハウス 失った恋の記憶、新たなる恋の芽生え

家出ハウスで生まれ、死んでいった恋の数々。
亡くなる人がいれば、また生まれてくる人がいるわけで、そうやって生態系はバランスを保っている。

それは当然、命を育む恋にも通じるものなのかもしれない。

さや子さんと三角

この2人の恋を語らずして、何を語ろうか。
日本人女性バックパーカーとタイ人男性のカップルは何組も見てきたが、このカップルもそのようなカップルを代表する1組であった。ただ、タイの田舎からバンコクに引きずり出されてきた田舎のイケメンミュージシャン三角が、都会で勝ち残っていく勝算なんて、初めからなかったのかもしれない。

そんな三角が、それでも一番続いた仕事が、MBKのステーキレストランチェーンでのウェイターの仕事だった。1度みんなで冷やかしも兼ねて食事に行った事があったが、もともと顔立ちの良い三角が白シャツにエプロンをした姿は、どこかの一流レストランのマスターのようにも見えたものだった。ここはヒルトンですか?と。
実際、数週間後に店長よりマネージャー候補のお墨付きを頂き、「MBKのマネージャー候補!」とみんなにおだてられ、気を良くしていたのも束の間、数日後には仕事を無断欠勤して首になっていた。

もし三角が同僚だとしたら大変だったと思うが、個人的な付き合いを通して、悪い奴だと思ったことはなかった。タイの田舎でしがないミュージシャンとして小銭を稼ぎ、女性旅行者に手を出したり、弟分を集めてバイクで走り回ってるだけで、彼の人生は満足だったのだ。
ただそんな三角を食わしていかなきゃならないさや子さんは、日に日にストレスが溜まっていき、ある日とうとう…。


家出ハウスの階下でみんなで酒を飲んでいると、リュックサックをしょって、目に溢れんばかりの涙を貯めた三角が2階から降りてきた。三角が僕に声を掛けてきた。「テイクケア さや子ナ。」 ーその時、僕はこう返答した「ハーッ?」と。
その頃まだタイ人の使う外来語を聞き慣れておらず、テイクケアを自分の知らないタイ語だと思い込んでいたのだ。三角には申し訳ないが、こんな悲しい場面なのに、その一言で雰囲気をぶち壊しにしてしまった。周りの助けを得ながら何とかテイクケアが英語のTake careである事が分かったものの、その悲しい雰囲気が二度と戻ってくる事はなかった。

数か月後…再びさや子さんの怒号が、家出ハウスに響き渡る。
「何で反省しに田舎へ帰ったはずなのに、太って帰ってくるの?
もう信じられない!」
三角の涙は、2枚目俳優の流すそれと一緒だったのかもしれない。

数日後…目に涙を貯めた三角がもう一度家出ハウスを出て行ってから、彼がバンコクに帰ってくる事はなかった。

KOBORIとNick

まさか僕とNickが付き合う事になるなんて、夢にも考えていなかったし、誰も想像していなかったと思う。

Nickはドイツへ出稼ぎに行ったタイ人彼氏Thomasを家出ハウスで待ち続けていた訳だが、いつ戻って来るかも分からない、戻って来るかさえ分からない彼氏を待ち続ける危険な賭けを張っており、かつ毎月送られてくる少額の仕送りで、家出ハウスに半軟禁されているようなものだった。
みんなが話しているのを聞いて、どうやらKOBORIが彼女と別れたらしいことを知った。ひとついたずらしてやろうとKOBORIの部屋に乗り込んでみたものの、KOBORIはNickに全く興味を示さなかった。ただNickの鋭い嗅覚は、KOBORIがみんなのように自分の事を嫌ってはいないと思っている事を、感じ取っていた。

そんなある日、日本人旅行者のヨシさんが家出ハウスにやって来た。バンコクでアジア雑貨を安く大量に買い付け、日本で販売するのを生業としていた。彼はNickの事がいたく気にいったらしく、つたない英語、タイ語で一生懸命話しかけようとしていた。
そう、Nickは問題児でもあったが、えくぼと屈託のない笑顔で、人を惹きつけるものを持っていた。これはNickに限った話ではないとは思うのだが、タイ人の屈託ない笑顔を見せられつと、何か放っておけない魅力を感じてしまうのだ。

Nickを口説こうとしている人物の登場によって、僕はNickの事も気になり始め、かつ競争心を煽り立てられてしまったのかもしれない。このままで良いのか、と。 -このままで良かったのかもしれないのに。
その年のクリスマス。近くのオフィスビルでクリスマスイルミネーションの飾りつけをしているとの事で、自然な成り行きでNickと一緒に見に行った。常夏のバンコクにクリスマスイルミネーション。-舞台は整った。
役者はどこだ?役者は。
あのKOBORIという名の大根役者は、どこにいる?

そう、その時から僕はバンコクという大きな舞台に立ち、自分なりに身に着けたタイ処世術を使って、この子と波乱万丈に暮らしていく事になったのだ。

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