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ペットの皮膚科専門医の役割とは

ペットに関わる様々な分野のトップランナーの皆さまにお話を伺うAnimal Professional対談。第2弾は世界に14人しかいないアジア獣医皮膚科専門医として活躍中の村山 信雄先生をゲストにお迎えし、ペットの皮膚病、そして専門医療の必要性についてお話を伺いました。



■日本には5人のみ。「アジア獣医皮膚科専門医」とは?


小林:先生とのお付き合いは、もう20年くらいになりますよね。

村山:そうですね。当時私が勤務していた動物病院で月に1回開催されていた勉強会に、小林先生が参加されたのがきっかけです。

小林:そうでしたね。その後、先生は大学院で博士号を取得され、今では世界に14人しかいないアジア獣医皮膚科専門医として活躍されています。日本ではまだ動物の専門医療自体が普及していないので、アジア獣医皮膚科専門医についても知らない人が多いと思います。どのような経緯で生まれた資格なのでしょうか?

村山:動物の専門医制度は、動物医療の臨床・研究の推進、優れた人材育成のためにアメリカで始まった制度で、国単位ではなく北米、ヨーロッパ、オセアニア、アジアといった地域単位で認定される仕組みになっています。アジア獣医皮膚科専門医が正式に認定されたのは2010年からです。認定を受けるには一定の診療件数、学会発表や英文論文はもちろん、かなり厳しい学科試験に合格することも求められるため、日本人はまだ私を含めて6人しか認定されていません。

小林:6人しかいないんですね!東南アジア諸国でも経済発展に伴って、今後、小動物を飼う家庭が増えてくるでしょうから、今後は専門医のニーズがますます高まっていくんでしょうね。

村山:そうですね。東南アジアは気候的な原因もあって動物の皮膚病が多いですし、皮膚科専門医の果たすべき役割は大きいと思います。


■獣医学は著しく進化。その一方で変わらないのは・・・?

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小林:最近、ペットの皮膚疾患には、どんな傾向が見られますか?

村山:ここ数年、日本では動物医療に使う機器が劇的に進化しています。ご存じのとおり、たとえば耳を覗ける内視鏡やCT、MRIが気軽に使えるようになったことで、耳を三次元で診察できるようになりました。

小林:動物医療では原則として耳鼻咽喉科はなくて、耳の病気は皮膚科の領域になるんですよね。

村山:そうです。耳を患う犬は意外と多くて、例えば日本で人気のあるフレンチブルドッグも耳にトラブルが起きやすい犬種ですね。おそらく犬種改良の過程で、耳の形が縦長に変形してしまったこと、また鼻の穴が狭くなった影響もあり、特に真珠腫性中耳炎(しんじゅしゅせいちゅうじえん)に罹るケースが非常に多いのですが、場所が場所だけにみつかりにくく、斜頸や顔面麻痺といった重篤な神経症状が見られるようになるまで気づかないことも珍しくありません。神経症状が出る前に手術をするのと、出てから手術をするのとでは、寿命にも影響する可能性があることを報告した論文もあります。早期発見が難しく、他の病気のための検査でみつかることもある病気なんです。それが、ここ数年の医療機器の進化で格段に早期発見・治療が可能になりました。

小林:なるほど、素晴らしい進化ですね。

村山:その一方で、まったく変わらないこともあります。ご家族の意識です。新しい薬が開発され、治療の選択肢が増えていますが、「薬は使いたくない」など、薬の使用や新しい治療法への警戒感を抱くご家族が、まだまだ、たくさんいらっしゃいます。特に最近はインターネットで情報が氾濫していて、それを鵜呑みにしてしまう方少なくありません。処方した薬をネットで調べて、「この薬を飲むと、がんになるんでしょう?」とおっしゃったりする方もいらっしゃいます。

小林:わかります。たとえば、ステロイドもそうですよね。僕はステロイドって使い方を誤らなければ、とても良い薬だと思っているのですが、一部ではすごく悪者扱いされていて、抵抗感を抱いているご家族も少なくありません。

村山:生涯にわたって安心、安全に使える薬がありますが、ご家族の思いで使えないのは少し残念です。うちの病院は皮膚科専門なので、もちろん専門性も大事にしていますが、一番大事にしているのはご家族のお話を聴き、飼い主さんが何を求めているのかを理解することです。薬についても無理強いするのではなく、なぜ使うことに抵抗があるのか聴いて、不安を取り除いた上で使うようにしています。


■飼い主さんに笑顔になってもらうことが、専門医の役割

小林:先日、法律的な観点から獣医の仕事って何だろう?っていう議論をしたのですが、突き詰めていくと最終的に獣医の仕事は「説明」と「承諾」なんだという結論に至りました。大切なのは、ご家族が自分の判断で決断できるように「説明」をし、治療方針について「承諾」を得ること。これがないとご家族との信頼関係が築けませんよね。手術や治療は、その次の話です。

村山:コミュニケーションが大事ですよね。うちは紹介病院なので、来院されるのはかかりつけの病院で治らなかった動物のご家族だけです。かかりつけの病院で治らない理由は、
①病気が難しいこと
②ご家族の思いが十分に伝わらなかったこと

の2点だと思っています。人間の医療と同じで「良い薬」と言われている薬も、効くのは約70%で、30%には効きません。それを理解した上で治療を受けてもらえるかどうかは、ご家族と僕たち獣医とのコミュニケーションが大事だと感じています。

小林:その意味では臨床の獣医師には、今後ますますコミュニケーションのスキル向上が求められるようになってくるのかもしれませんね。

村山:私個人に当てはめてみると、得てして自分で「上手くいった」と思う診療は、たいてい上手くいっていないんですよね。上手くいった=自分ばかりしゃべっていた、というケースが多いからです。獣医師ばかりがしゃべるのではなく、ご家族がたくさん話して、それを獣医が聞く時間が長ければ長いほど、ご家族の満足度は高いと思います。うちのような専門医が診る病気は、1回や2回の診療で治るものではありませんから、診療時間の中になるべくご家族の話を聞くよう心がけています。そうすることで、ご家族は笑顔で帰ってくれます。高いお金を払って診療を受けてもらうのですから、窮屈さや苦痛は感じてほしくありません。ほっとしてもらい、前向きな気持ちでペットの病気と向き合える場を提供するのが、僕たち専門医の役割ではないかと考えています。


■一般診療の「足りない部分を補うパーツ」でありたい

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小林:日本ではまだ獣医の専門医の認知度が低いですよね。飼い主さんが直接専門医のところに来るケースは稀で、かかりつけの一般の獣医の紹介で専門医に診てもらうケースが大多数だと思います。村山先生は皮膚専門の二次診療クリニック「犬と猫の皮膚科クリニック」(写真上)の代表を務められていますが、一般医と専門医の関係性について、どう考えていらっしゃいますか?

村山:専門医は、一般の先生たちの診療で足りない部分を補う「パーツ」のような存在だと思っています。より専門的な治療を求める飼い主さんの満足度を高めるための道具としてどんどん活用していただきたいですし、お互いが協力し合える関係を築けたら良いですね。そのためには、専門医のほうが、もっと敷居を低くしていかないといけないのかもしれません。

小林:専門医への紹介に積極的な先生の動物病院は、どこも院内の雰囲気がいいんですよ。逆に言うと、専門医への紹介をせずに改善しない症例が溜まっている病院は、疲弊して雰囲気が悪くなりがちです。それがわかっているから、うちの病院は村山先生はじめ専門分野をお持ちの先生のところに、どんどん紹介します。その方が動物にとっても飼い主さんにとってもハッピーだからです。紹介したら飼い主さんを取られる・・みたいな発想の方もいますが、そんなことはありません。逆に「良い先生を紹介してくれてありがとう」といって、必ず戻ってきてくれますよ。

村山:一般の獣医師も専門医も原点は同じで、ご家族の希望をくみとって、求めていることをしてあげることが大切なんですよね。一般の先生には、機会があれば専門医を活用してほしいと思います。


ペットの皮膚科、今後は遺伝子治療と薬剤耐性菌に注目

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小林:次に、ペットの皮膚病について、今後の展望を教えてください。

村山:遺伝子治療と薬剤耐性菌の2つに注目しています。遺伝子治療は、近い将来、動物医療の現場でも普及してくるのではないかと思います。薬剤耐性菌の問題はかなり深刻で、たとえば犬がよく経験する膿皮症(皮膚の常在菌であるブドウ球菌が感染する皮膚病)では、少なく見積もっても50%は一般的な抗生剤が効かなくなっています。同じく皮膚に常在している酵母様真菌であるマラセチアについても、これまで効果のあった抗真菌薬(カビの薬)が効かなくなっています。あらゆる細菌が薬剤耐性を強めているんですよね。動物と接する機会の多いご家族や私たち獣医療従事者も免疫力の下がっているときには感染のリスクがありますから、万が一感染した場合には、その薬剤耐性菌とどう戦えば良いのかという問題になってきます。動物の薬剤耐性が私たち人間の健康にも影響を与える可能性が大きいと言うことです。

小林:なるほど。コロナの変異株の問題もあるので、動物の薬剤耐性は今後ますます注目を集めそうですね。では、最後に読者のみなさんへのメッセージをお願いします。

村山:いきなり専門医を受診するのではなく、やはり信頼できるかかりつけ医を見つけることが大切です。誠実に話を聞いてくれて、本音で話せる先生なら、もし治療が上手くいかなかったときに次に何をすべきかについて、専門医を受診することを含めて提案してくれるはずです。

小林:医療は与えられるものではなくて、勝ち取るものですからね。いざ病気になってから慌ててさがすのではなく、健康診断などの機会に相性の良い先生を探し、信頼関係を築いておくことが大切です。村山先生、今日はありがとうございました。

村山 信雄 プロフィール 
アジア獣医皮膚科専門医、犬と猫の皮膚科クリニック代表、獣医学博士、
東京都獣医師会理事
[所属学会]
日本獣医皮膚科学会/アジア獣医皮膚科学会/アジア獣医皮膚科専門医協会
[役職]
東京薬科大学客員研究員
[経歴]
1968年10月/東京生まれ
1994年3月/帯広畜産大学畜産学部獣医学科卒業
1994年4月/根室地区農業共済組合勤務 
1996年8月/寺田動物病院(大阪)勤務
1997年8月/めむろ動物病院(北海道)勤務
2010年8月/アジア獣医皮膚科専門医取得
2012年9月/岐阜大学連合大学院にて博士(獣医学)取得
2012年10月/犬と猫の皮膚科設立
2016年3月/犬と猫の皮膚科クリニック開設


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