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ペットの肥満は〝予防する〟時代へ

ペットに関わる様々な分野のトップランナーの皆さまに、小林がお話を伺うAnimal Professional対談。
記念すべき第1回は動物の脂質代謝研究の第一人者として、世界的に活躍されている新井 敏郎先生をゲストにお迎えし、「ペットの肥満」をテーマにその原因や予防法、そして新たな肥満診断基準策定を巡る動きについてお伺いしました。


■犬・猫の30~40%が肥満

小林:先生、今日はよろしくお願いします!
先生とは、2014年に東京都獣医師会の村中志朗会長を介して初めてお目にかかりました。当時、私は米国で最先端のペット医療機関が「肥満予防」にすごく力を入れていることを目の当たりにしたこともあって、「ペットの肥満予防」という概念を日本の臨床現場にも浸透させたいと考えていましたので、先生が手掛けていらっしゃるペットの肥満に関する研究に感銘を受け、以来、直接ご指導を仰ぐようになりました。

新井:確かに、海外ではペットの肥満予防への取り組みが、日本よりもかなり進んでいますね。日本ではまだ「ペットはちょっとくらい太っている方が、丸っこくて可愛らしい」という感覚で、ペットの肥満をあまり深刻にとらえていない飼い主さんが多いのかもしれません。
実は、肥満そのものは病気ではありませんが、肥満は体のエネルギー代謝を乱し、糖尿病を始めとする様々な病気を誘発するリスクファクターであることは確かです。特に内臓脂肪の蓄積が増えると、脂肪細胞に慢性的な炎症を誘発して全身に悪影響を及ぼし、動脈硬化やがんといった深刻な病気の原因となってしまうことが指摘されています。
逆にいうと、ペットの肥満予防=ペットの病気予防だということですね。病気になってから治療に奔走するのではなく、なるべく病気にならないように肥満予防を始めとしたペットの健康管理の必要性が海外の動物医療の現場ではかなり重視されるようになっているのです。

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小林:日本でも人間の医療では、「予防医療」という概念が浸透し、肥満予防を含めた健康管理に積極的に取り組む人が増えていますが、ペットに関してはまだ肥満予防の重要性が十分に理解されているとは言えないようです。
実際、日本でも肥満のペットは増え続けていて、家庭で飼われている犬や猫の全体の約30~40%が肥満とも言われています。肥満の原因は食べ過ぎと運動不足ですが、ペットは自分の意志で食事や運動の量をコントロールできませんから、ペットの肥満予防は飼い主さんの意識次第ということになります。ただ、先ほど先生がおっしゃったとおり、日本では、まだペットの肥満に対してあまり危機感を持っていない飼い主さんが多いように思います。


■チーズ30gが、ハンバーガー1.5~2.5個相当のカロリーに!

新井:肥満はペットの寿命にも大きく影響を及ぼします。一般的に犬や猫の肥満はBCS(下図:ボディ コンディション システム/出典Nesle PURINA)で判定されますが、このスコアが高いほど、つまり肥満が重度であればあるほことが知られていて、あるオーストラリアの研究グループの調査ではBCS9(重度の肥満)の猫の寿命は、平均寿命15.8歳に比べて1.6歳短い、14.2歳であるという結果が報告されています。極端な表現をすれば、ペットを喜ばせるつもりで食べ物を与え過ぎることが、かえってペットの寿命を短くしてしまう結果になるということです。

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小林:確かに、太っているペットの飼い主さんは、「ご褒美」や「おやつ」としてペットに食事以外の食べ物を与え過ぎてしまう傾向にあります。ご褒美を与えること自体は悪くないのですが、問題は、その量。
飼い主さん曰く「ほんのちょっとだから」とおっしゃるのですが、その「ほんのちょっと」は、人間にとっての「ほんのちょっと」であって、人間より体の小さい犬や猫にとっては決して「ほんのちょっと」ではないんですね。たとえば、ほんの30g程度のチーズひとかけらでも、犬にとっては人間がハンバーガー1.5個分を食べるのと同じくらいのカロリーに相当します。(下図:Dog Treat Translator/出典 Hill's
これを1日に何回も与えていれば、太ってしまうのも当然ですよね。

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■肥満のステージを正確に判定する、新たな肥満診断基準の策定を目指して

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新井:人間と同じ感覚でペットに食べ物を与えてはいけないことを、もっと周知していかねばなりませんね。加えて、ペットにとっての予防医療の重要性についても、今まで以上に訴えていかねばならないと考えています。
そのために欠かせないのが、全世界共通のペットの肥満診断基準の策定です。原則として肥満は、肥満細胞数の増加⇒一部肥大化(皮下脂肪蓄積)⇒脂肪細胞肥大化亢進⇒内臓脂肪蓄積⇒異所性脂肪蓄積というステージを経て進行していきます。皮下脂肪蓄積の段階までは、細胞に炎症が生じるわけではないので特別な治療や対応策を取る必要はありませんが、ステージが進んで異所性脂肪蓄積が始まると炎症が生じてしまうため、体重減少を図る薬物の投与などの治療が必要になってきます。
しかし、現在、ペットの肥満判定基準として用いられているBCSはあくまでも個体の見た目による判断しかできないため、正確なステージの判定が難しく、治療を始めるべきタイミングを逃してしまうおそれがあります。
そこで、私たちは今、海外の研究者とともに、生化学マーカー(炎症マーカーであるSAAや高感度CRP、脂質過酸化マーカーであるMDAなど)の値とBCS値との相関性を調査し、その結果に基づく新たな肥満診断基準の策定に取り組んでいます。2021年秋にシアトルで研究者が一堂に会し、議論を進めることになっており、順調にいけば数年以内に実用にこぎつけるのではないかと期待しています。

小林:素晴らしいですね。診断基準ができれば、単なる「肥満」と医学的な治療を要する「肥満症」との線引きが明確になり、各ステージに応じた適切な対応や治療を行うことができます。何より、「この数値を超えたら治療が必要になりますよ」と飼い主さんに目に見える形で肥満のリスクを示すことができるので、より危機感をもってペットの体重管理、肥満予防に取り組んでもらえるのではないかと期待しています。

新井:正確に肥満状態が判定できれば、それぞれのステージに応じた治療戦略が立てられますよね。たとえば、「正常」からステージが1つ進んで「過体重」になってしまったら食事を抗肥満食に変える、もう1つ進んで「初期肥満症」になってしまった場合は、内臓に蓄積した脂肪を分解して細胞の炎症を抑制する効果のあるサプリメントを投与する、といった具体的な戦略を飼い主さんに示すことができます。


■肥満改善に有効なサプリメント等の開発を通じて、ペットの健康増進に寄与

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小林:新井先生には、私が2018年に設立した株式会社One HealthのCSO(最高科学責任者)にも就任していただき、主にペットの肥満や糖質代謝異常の研究、その成果を生かした食品機能成分の製品開発にも取り組んでいただいています。

新井:肥満症状の改善に有効な食品成分には、①糖質、脂質の吸収抑制作用、②エネルギー消費亢進作用、③摂食抑制作用、④肥満状態の脂質改善作用などが求められます。One Health社では、これまでにタマネギやウルシに含まれる「ケルセチン」や、エビやカニに含まれる「アスタキサンチン」など、肥満症状の改善に有効な食品成分について研究し、一定の成果をあげてきました。今後も研究を通じてペットの肥満予防、肥満改善に寄与していきたいと考えています。

小林:今後、新たなペットの肥満診断基準が策定され、ペットの予防医療への関心が高まれば、私たちのOne Health社が研究成果を通じてペットの健康増進や動物福祉の向上に貢献できるチャンスも、ますます増えてくるものと期待しています。先生、今後ともどうぞよろしくお願いします!


新井 敏郎 プロフィール 
日本獣医生命科学大学名誉教授、株式会社One Health CSO
1981年日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)獣医学科を卒業(獣医師免許取得)、1986年に獣医学博士号を取得。日本獣医生命科学大学獣医学部助手、基礎獣医学部門長、獣医学科長、獣医学部長などを歴任。これまでに、動物種間の比較エネルギー代謝や代謝病発症メカニズムなどについて臨床生化学、臨床病理学に関する160以上の学術論文を発表。日本獣医臨床病理学会会長、日本獣医学会評議員、日本実験動物学会評議員を始め多くの学術団体の役員を務める。2014年度には、獣医臨床生化学、臨床病理学分野の研究発展に対する永年の貢献が評価され、国際獣医臨床病理学会のハイナーゾマー賞(Heiner Sommer Prize)を受賞。

                            

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