ラジオ#2 沼にハマって聴いてます

こんにちは。こばやめです。
前回は私とラジオ番組との出会いについてお話しさせていただきました。
ラジオの入り口がアイドルだった方は少なくない気がするので、多少なりとも共感してくださる方もいらっしゃったのではないでしょうか。

今回はその続きとして、私が如何にしてラジオ沼にハマったのかと言うお話です。


当時私は高校3年生。部活動最後の大会に向けて練習に励みつつ、大学受験生として、勉強のギアを上げて…、というのが一般的なものかと思いますが、その年は何もかもが違っていました。

私の高校三年生はコロナ一年目の年で、学校も部活も無く、ただひたすら自宅で勉強するだけの生活がしばらく続いていました。
部活が出来ないのはなかなかの苦痛でしたが、なんとかモチベーションを維持するために試合の動画を見たり、勉強の合間にトレーニングをしたものです。他の選手が同じような状態だったのも救いでした。

それでも現実は残酷で、日を追うごとに感染者は増加。関東大会→インターハイ の順で中止の連絡が主将から届いた日は感情がぐっちゃぐちゃでした。

全てのモチベーションがゼロになっていた時期で記憶が曖昧ですが、このタイミングで深夜ラジオと出会いました。流石に脈絡が無さすぎますね。もっときっかけらしいきっかけがあればエピソード映えするんでしょうが…。

初めて聴いた深夜ラジオは、文化放送『オテンキのりのレコメン一人組み手』でした。個人的に伝説の番組だと思ってます。(笑)にしても一発目が一人組み手かよと…。

それまで聴いていた番組でも「フフっ」と笑うことはもちろんありましたが、深夜ラジオはそんなもんじゃありませんでした。「フフフ」どころか「アッハッハ」さらには「ガッハッハ」(←…)といった具合に、憂鬱な時間を忘れさせてくれました。

そこから沼にハマるまではそう時間はかかりませんでした。関連番組に表示された『ハライチのターン』、我らが公式お兄ちゃん『バナナマンのバナナムーンGOLD』を聴き初めて、意外にも(?)ニッポン放送のオールナイトニッポンシリーズに出会ったのは最後だったんです。
番組を一つ聴いては関連番組から別の番組に飛んで、と言うのを繰り返していました。

(おいお前受験生だろ?)
そうです。だから一日に聴けるのは1〜2番組です。24時まで勉強してそこから1時間タイムフリー、残り半分は翌朝の通学というように、時間を分けて聴いていました。関連番組と言い、タイムフリーと言い、本当にradiko様々です。

受験期は何かとピリピリしがちと言うか、メンタルが不安定な期間かと思いますが、そんな受験期を「笑い」と言う形で支えてくれたラジオには本当に救われました。

いかがだったでしょうか。これが私のラジオ沼へのハマり方でした。まぁありきたりな気もしますが、その分共感してくださる方も多いのではないでしょうか。

無事に大学受験も終了し、自由に使える時間が増えたため、今では聴く番組もどっと増えました。
radikoはしっかりプレミアム会員にアップグレードしています。

最近では番組内でメールが読まれる喜び、スベった恥ずかしさ、不採用だった時の悔しさなど、これまで味わったことのない感覚も知ってしまいました。おそらく私がこの沼から抜け出すことは無い気がします。抜け出そうとも思いませんが。


今回も最後まで読んでくださりありがとうございました!

お疲れ様でした!

小林、部活やめるってよ


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