ショートストーリー ペッパーベリーとフィレステーキ

昔ながらのお肉屋さんで買った牛ヒレ肉。
塩コショウで味付けて、使い込んだフライパンの上で焼き上げる。
焼けていく肉の香りで、力がみなぎってくる。
力のいらない柔らかな肉から染み出る肉汁は、何歳になっても味わい深い。

うちのおばあちゃんはオシャレだ。
身に着ける服だったり、趣味で習う絵葉書だったり、部屋に飾る花だったり。
ちょっとの手間をかけるのが上手な人だ。

そんなおばあちゃんは、私と出掛けると必ずお肉屋さんに寄って帰る。
どうして、いつもお肉なのか。
どうして、いつも奮発するのか。
理由を聞いてもはぐらかす。
「大好きな孫娘と素敵なお夕飯を囲みたいと思うのは当然でしょう」
そう言われれば何も言えなくなるし、そのはぐらかしかたもおばあちゃんらしくて格好良かった。
おばあちゃんは、お肉屋さんでヒレ肉のことをフィレと呼んで注文する。
そんなところも様になるから、私はおばあちゃんに憧れる。

おばあちゃんの家に帰ったら、まずは買い物の片付け。
お肉はひとまず冷蔵庫へ入れる。
新しく買った服は、お香が香るたんすへ。
おばあちゃんのたんすに入ってるのは、仏壇用のお線香の匂いじゃない柔らかな香りは、開けるのがワクワクする。
だから、いつもおばあちゃんが新しく買った服は私がたんすへ仕舞う。
たんすを開けると白檀の香りに包まれて、おばあちゃんの家だなあと安心するのだ。

その間におばあちゃんは居間で、花屋さんで買ったドライフラワーをさっそく使っていた。
ペッパーベリーというピンク色の小さな実がたくさん付いている花材は、ドライフラワーなのに華やかだ。
持っているだけで、おばあちゃんにピッタリ合っていた。
おばあちゃんは、そのペッパーベリーを作りかけのリースに刺していく。

足音で私が居間に入ってきたのが分かったのか、可愛くなったでしょうと声をかけられた。
ピンク色のペッパーベリーが差し込まれたことで、緑色と茶色で構成されたリースは、光が当たったように明るい印象になった。
私が可愛いというと、おばあちゃんは満足そうだった。

おばあちゃんに言われて、お手製のリースを玄関に飾る。
リースは魔除けの意味もあるのだとおばあちゃんは言っていた。
おばあちゃんがいうと、胡散臭さよりもおとぎ話の魔女みたいな格好良さがあって私も興味が湧いた。

良い香りに誘われて今に繋がる台所へと戻ると、おばあちゃんはお肉を焼いていた。
お肉屋さんで買ったフィレだ。
鼻歌交じりにお肉を焼くおばあちゃんと横並びになって、料理を手伝う。
サラダに、スープ。
どれも簡単に作れるもの。
だけどドレッシングはお手製で、スープに浮かぶハーブはおばあちゃんが育てたものだった。
やっぱり、どれも少しの手間がかかっていた。

おばあちゃんと向かい合って手を合わせる。
柔らかなフィレ肉に、顔がほころんだ。
美味しい顔をしていると、おばあちゃんに笑われた。
おばあちゃんは笑いながら、300グラムのフィレ肉を豪快に食べる。
大きなお肉を食べるおばあちゃんは、元気そのものだと私も笑った。

おばあちゃんは言う。
「お肉を食べると、みずみずしい若者にも負けない気持ちになるの。ペッパーベリーを選んだのも同じ。アレは、花言葉が輝く心って言うの。ドライフラワーなのに、輝くって言われているのが面白くて好きなの」
それを聞いて、おばあちゃんがいつもお肉を買ったり、奮発したりする理由が分かった気がした。
おばあちゃんは意外と負けず嫌いで、輝くことへ憧れてて、だからいつも格好いいのだ。

おばあちゃんとの楽しい食事を終えた後、私はおばあちゃんにリースの作り方を聞いた。
少し残ったペッパーベリーを花材に使い、少しの手間をかけて作ったリースを家の玄関に飾ることにした。

沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。