ショートストーリー おろし醤油うどん
大根おろしの辛さで口の中がスッキリした。
残っていた文句の言葉もどこかへ消え去り、ただ美味しいの一言だけが口から出た。
「お前この頃、金欠なんだろ」
バイトに精を出していた彼女に対して言う言葉とは思えない。
だが、私の彼氏は自信満々にそう言ってのけた。
友達から恋人という関係になったためか私達は、私達は二人で居ても気安い空気が漂っている。
だけど、さすがに恋人の誕生日くらいは特別な物を贈りたい。
そう思うのは、当然だろう。
だから頑張っていたというのに、この男は笑いながら自分の誕生日だからといって無理しなくても良いと言ってのけるのだ。
そして、目の前のうどん屋を指をさし
「うどんでも奢ってくれればいいからさ」
と無邪気に笑う。
確かに、友達だったときは、そんなプレゼントをしたこともあった。
だけど、あまりの変わらない態度に私は、我慢出来ずに用意していたプレゼントを投げつけた。
「馬鹿にしないでよ」
それだけ言って走って逃げた。
町を散々走って、追いかけてくるかと思って振り返っても誰もいなかった。
陸上部にだって負けない脚力が仇となって、振り切ってしまったようだ。
一人になると、どうしようもなく虚しくなって、涙が滲んだ。
さっき彼氏が指した店とは別のうどん屋を横切る。
すると、同じくらいの年の子達の賑わう声が聞こえる。
確か去年の今頃は、ああやって皆で彼の誕生日を祝ってあげていた。
皆で祝う方が好みだったのかもしれない。
そんな風にも思えてくる。
恋人になったけれど、彼のことはまるで分からない。
その事実に呆然と立ちすくんでいた。
ぼんやりしていると、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の方を振り向けば、ヘトヘトになりながら、走ってくる彼氏がいた。
夏の暑さで、ゾンビみたいになって走ってくる様は、薄汚れて汚いのに喜んでしまう。
私に追い付いた彼は、息も絶え絶えに
「とりあえず、何処か店に入りたい」
と地面に膝ついた。
言われたとおり、目の前のうどん屋に入って、うどんを頼む。
セルフ式なので、すでに虫の息だった彼を先に席に座らせて、私が二人分の注文をした。
大根おろしと醤油だけで食べるうどんは、サッパリしていて、死にそうな彼でも食べれると思った。
うどんを持って席に行けば、彼は水を一瞬で胃に送っていた。
私の顔を見るなり、足の速さがエグいと文句を言われた。
ムッとして、彼の体力の無さを指摘しようと思ったら、先に謝られた。
プレゼントも、とても喜んだという。
照れた顔の彼が、なんだかむず痒くてうまく答えられなかった。
変な間が心臓をギュッと掴んでくる。
振り払うようにうどんをすすると、彼も同じタイミングで食べ始めた。
小麦の香りと大根の辛味が鼻を抜けて、文句も言えなくなった。
店の真ん中にある大きなテーブルで、賑やかにする男女入り交じるグループとは逆に、私達は静かにうどんをすすっていた。
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