ショートストーリー リンドウと和風カレー

よくあるルーにさんしょうを加えた和風カレー。
痺れる辛さと爽やかな香りが、カレーを特別なものに変えた。

あの時のカレーが美味しかった。
お婆ちゃんは、ここ最近カレーを作るといつも言う。
しかも、あの味というのを詳しく聞いてみれば、夢で食べた味とくる。
料理を作るお母さんは少しうんざりしている。
お婆ちゃん子の私でさえ、お婆ちゃんの脳の衰えを心配した。

だけど、夢のカレー以外はお婆ちゃんはしっかりしている。
ついこのあいだだって、無口なお爺ちゃんをデートに誘ったんだって、現役JKの私顔負けのピュアさで惚気けられた。

その時に、夢の中で食べたというカレーの話を詳しく聞いてみた。
そしたら、もっとびっくりする話が掘り出された。
お婆ちゃんが寝ていた時に見たというのは、山の崖から落ちた夢だった。
花を探していたんだとか。
花が好きで、花壇でも育ててるくらいのお婆ちゃんらしいといえばお婆ちゃんらしい。
リンドウが好きで、花壇で育てているのもリンドウだし。
夢の中で探していた花もリンドウだ。

だから、リンドウを育てたくなくなるとか言い出すんじゃないかと思った。
出来れば思い出したくない部類の夢ではないかと心配したからだ。

毎朝、リンドウに話しかけているお婆ちゃんを見れば、心配は杞憂だったと分かる。
でも本当にトラウマのようなものがあれば、本当は味の再現なんてしない方がいいはずた。

うんと迷って、その間お婆ちゃんをよく観察した。

一ヶ月経ってもお婆ちゃんは、夢のカレーを求めていた。
お婆ちゃんのカレーへの情熱は高いみたいで、うっかり忘れることもなさそうだった。
私は意を決して、カレーの再現を試みた。

何度も夢のカレーの味の特徴を聞く。
最初は甘くて、次に辛く。それで最後はちょっと痺れたそうだ。
全然、参考にならなくてもなんども試行錯誤と検証を繰り返し、お婆ちゃんに和風カレーを食べてもらった時だった。
「懐かしいわぁ。コレが食べたかったの」

和風出汁で煮込んで、さんしょうを少し加えたカレー。
うちでは初めて作る味だった。
だって、そもそもカレーをあまり作らない。
お爺ちゃんが洋食が好きじゃないし、食べ慣れたものしか食べないから。
だから、不思議でたまらなかった。
お婆ちゃんが、とても懐かしんでいるのはおかしな光景だった。

自分でも食べてみたけれど、爽やかな痺れる辛みが美味しかった。
だけどそこに甘さはなく、お婆ちゃんの話とは少し違ったように思えた。
気になってお婆ちゃんに聞いてみる。
そしたら、やっぱり驚くようなことを平然と返した。

「夢で食べたカレーっていうのはね昔、お爺ちゃんが作ってくれたカレーなのよ。二人でリンドウの花を見に、山を登った時に。でも、お婆ちゃん途中で足を挫いちゃってね。歩けなくなったのよ。そこでお爺ちゃんが、作ってくれたのがこのカレーだったの」
その山というのは、うちからも見える標高の低い、昔から散歩道も整備された山だった。
お婆ちゃんの惚気話によると、当時のデートスポットだったのだとか。
お爺ちゃんはそんなデートスポットに、富士の山頂にでも行くのかという登山スタイルで来たらしい。

登山リュックは凄く重たそうだったとお婆ちゃんは言う。
その中から調理道具を一式取り出して、カレーを作ったらしい。
当時のお婆ちゃんは、無言で料理をするお爺ちゃんに甘口のカレールーが可愛いと言ったんだとか。
今のお婆ちゃんは言う。
若かりしお爺ちゃんが、お婆ちゃんが辛さで食べられないようなことがあってはいけないと言ったのが結婚の決め手だと。

お婆ちゃんは結婚してからは、お爺ちゃんの好みに合わせてご飯を作り、お爺ちゃんはお爺ちゃんでお婆ちゃん以外に料理を振る舞うことはなかった。
だから、この甘くて辛い和風カレーを食べることがなかったそうだ。

現役JKの私も驚くお爺ちゃんのガチ恋スタイル。
お婆ちゃんが少し羨ましいくらいだった。
花壇のリンドウが風で揺れると、縁側で新聞を読むお爺ちゃんのクシャミが聞こえた。
リンドウの花言葉の中に、誠実というのがあるとお婆ちゃんから聞いたことがある。
まさに、お爺ちゃんのことのようだと私はお爺ちゃんにもカレーを勧めてみた。

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