ショートストーリー グリル野菜のマリネ
こんがり焼きめのついたズッキーニとれんこん、パプリカ。
彩りが良いのはもちろんだが、ウインドウ越しにもグリルの香りがしてきそうなほど、焼きめが美しい。
マリネ液をまとったズッキーニは、甘酸っぱく食欲不振を吹き飛ばす。
れんこんはサクサクと糸引き、パプリカは熟した甘みで酸味を引き立てた。
パピョー。
まとまりのある演奏から間抜けな音が、突き抜けた。
その瞬間に音という音が止む。
突き刺さる視線が痛い。
困った顔のメンバー達を見て、先生は今日の授業をここまでとした。
その後に呼び出された私に、始めたばかりだからと小さなフォローを入れるが他の生徒よりも困った表情だった。
それはそうだ。
一年通うもいっこうに上達しない生徒なんて、嫌気もさすだろう。
なかなか進まない授業にもどかしさもあるだろうに、メンバーは帰りがけに優しく応援してくれた。
公園で一人、オカリナを吹いてみる。
えっちらおっちら。
適正なリズムに手が追いつかない。
焦って指を動かす拍子にピーッと高い音が鳴り響いた。
大人になって初めて音楽を習ってみたのだが、なかなかうまくいかない。
下手の横好きでも良いとは思っていたけれど、下手にもほどがある。
運動部のときに、いとも簡単にフルートを吹いて試合を応援してくれた吹奏楽部に密かな憧れを抱いていた。
大人になって、その憧れを現実にしようと楽器屋に入ってみたものの、素人は音を出すのも難しいと言われてすぐに断念した。
なにせ、私はリコーダーもまとも吹けなかったのだから。
変わりに進められたのがオカリナ。
やっみたら案外楽しい。
だが、下手すぎて楽器屋に勧められて入った社会人サークルのメンバーにも迷惑をかけている。
辞めさせられていないのが奇跡だ。
公園で暗くなるまでピーピー鳴らしてから帰宅する。
疲れて、料理する気力もない。
デパ地下に寄って食料を調達することにした。
疲れていても選ぶときは、どうしても真剣になる。
サラダコーナーのウインドウの前で、無言で数分腕を組んで考えていた。
すると、だれかに声をかけられた。
それは、オカリナサークル最年長のおばあちゃん。
朗らかな笑顔の大ベテランから、怖い顔になっていると指摘を受けて思わず眉を揉む。
彼女は私の演奏が以前より上手くなっているとことを褒めてくれた。
よく練習していることが分かると、付け加えられ思わず顔がほころんだ。
練習癖だけは運動部で鍛えられて良かった。
私の笑顔に彼女は言う。
「そういう顔で音楽も食事も楽しまなきゃねぇ」
正直、食事をしているときは笑っているが、私はハッとした。
確かに、楽器を手にすると緊張で怖い顔をしていたかもしれない。
目をまんまるにした私を見て、彼女はホホホと上品に笑いながら、優雅に帰っていった。
彼女の手には、いつの間にか買っていた色鮮やかな野菜のマリネがあった。
帰宅して、食べる分だけ皿にマリネを移す。
残ったマリネを空き容器に移し変えて、冷蔵庫にしまった。
容器の中で、みずみずしい野菜達が楽しげに揺れていた。
明日は、今日よりもっと上手く吹ける気がした。
マリネ液がよく染みこんだ野菜を笑顔で、口に放り込んだ。
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