ショートストーリー バターボールキャンディー

甘いコクある味とレモンの香り。
それはまさに甘酸っぱな初恋の味。
恋を知らない私でも、知ったような気持ちになれる。
だからこの味が昔から好きだった。

葉桜だらけになった街路樹を辿って、ただ真っ直ぐ散歩する。
枝葉の隙間から木漏れ日が光る。
風が吹くたび足元で影は揺らぎ、視界はきらめく。
なんだか幸せの予感をさせる朝だった。

そんな時に、出会った高校の時の同級生。
街路樹の葉桜を熱心に写真に撮影していた彼は、写真家になっていた。
当時は、真っ黒に日焼けして白球を追いかける姿を写真に収められる側の野球少年だった彼が、今や撮る側にたなっている。
話を聞いたときは、とても驚いた。
なんたって、当時の彼の写真を撮影していたのは私なのだから。

葉桜に隠れる小鳥にピントを合わせたまま彼は言う。
「君と久しぶりに会ったあと帰って卒業アルバムを見返したんだ。そしたら驚いたよ。君の写ってる写真がほとんどないんだ。だからさ、一枚だけでも記念に撮っておきたいんだ」
カシャカシャと何度かシャッターが切れる音と共に、小鳥は空へ飛び立った。
彼は肩をすくめながら、良いだろうと私に問いかけてきた。
ベンチに腰掛ける私の隣に許可なく座る彼の距離は、彼の纏う香りが分かるくらい。
甘くて爽やかな、どこか懐かしい香り。
なんだか近すぎる気がしてドキドキした。

私は目を合わせられなくて
「一緒に写ってくれるなら良いですよ」
と冗談めかして言いながらそっぽをむく。
「やった! じゃあ、今撮るよ」
そう言って彼は、一眼レフを私に向けてきた。
綺麗なズボンが汚れるのも気にしないで、膝をついてベンチに座る私と同じ目線になる。
真剣な顔で見つめられる。
きっと仕事の顔だ。

急激に恥ずかしくなって、持っていた荷物を抱きしめる。
撮られるのは苦手だ。
だから高校時代は、写真部に入部した。
大人になってからは、レンズを向けられる機会なんてめっきり減った。
久しぶりの感覚に、緊張がピークに達する。
顔が火照ってきて、手汗まてかいてきた。
顔の半分まで隠すように、私は荷物を抱え直す。

すると、彼は思い出したように荷物を預かると言い出した。
カメラを見て笑わなきゃ。
そもそも一緒に写るという話はどこに言ったんだ。
口を開きたい。だけどもそう思えば思うほど、バクバクと心臓が高鳴る。
そういえば、今日は化粧をしていないと、変に冷静さが残る頭で思い出す。
恥ずかしすぎて泣きたくなる。
鼻水が出てきそうでズッズッと鼻をすする。
彼は、何も言わずただ待っていたけど、私を落ち着かせるためか世間話を振ってくれる。

優しいところは変わっていないんだと、私は関心しながら質問されたことに答える。
今の私のフォルダには、猫や食べ物、綺麗な景色、普通の人と変わらない面白みのない写真しか手元にはないこと。
そもそも写真部に入ったのも撮られるのか苦手なこと。
そう言うと、彼は笑ってなるほどと呟いた。
そして、高そうなジャケットから私の好きだったキャンディーを取り出した。
なぜ彼がそれを持っていたのかは知らない。

「これでも舐めて落ち着いて。楽しいこと考えてよ。例えばさ一年の体育祭のリレーの時、アンカーだった俺がズッコケて最下位になって皆に奢らされた時とかさ」
フワフワと香るレモンとバターの香りは、その時のことを鮮明に思い出させる。
そういえば、あの時の写真は私が撮っていた。
キッチリと彼のコケる瞬間が、連射機能を使って撮られていた。
一枚ごとに抜かれていく、泥だらけの彼の写真を思い出す。
プッと笑うと、パシャリとシャッターがきられた。

撮られたことにハッとした。
満足げな表情の彼が近づき、出来栄えを見せてくれる。
スッピンの私は、腕の良い彼でも被写体には向いていなかった。
写真を見て「綺麗じゃなくてごめんなさい」と私は謝る。
彼は、首を傾げながら私の隣に座って撮った写真を覗き込む。

「なんで? 綺麗じゃん」
彼が顔を近づけたことで確信した。
フワフワと香る甘酸っぱい香りは、確かに彼からもしている。
私の好きだったキャンディーの香り。
彼から貰ったキャンディーをコロリと舌で転がす。
鮮明に思い出す初恋と、舌先のキャンディー、彼の香りが全てリンクして顔が熱くてしかたなかった。

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