ショートストーリー バタークリームケーキ

バターのコクと砂糖の甘さがじっくりと舌におびた熱で溶ける。
こっくりとした味わいと舌触りは、ノスタルジーな味がした。

母がバタークリームケーキを買ってきた。
クリスマスらしいサンタクロース、赤と緑のゼリーで飾られたクリーム色のケーキ。
母は懐かしいからと衝動買いをしたという。
クリスマスが明日に迫るというのに、なんでわざわざと呆れた。

父も祖父母も呆れ果てると思ったが、皆一様に懐かしさに浸っていた。

昔は美味しくなかった。
皆、二言目にはその言葉がお決まりなのに、嬉しそうだった。
ケーキといえばのホイップクリームの私にとって、バタークリームケーキは未知の味だったのだが、いかんせん評判が悪そうだ。
味が悪いなら明日のクリスマスケーキを待っても良い。

昭和世代の昔話を聞かないで、部屋に戻ろうとした。
しかし、テンション高めの母にしっかり捕まえられた。
食べてみようと言われて、私の言葉に耳も貸さずバタークリームケーキを切った。

6等分に切られて余ったケーキが寂しそうに箱に戻る。
きっと誰にも食べられないんだろうな。
もったいないとは思うけど、美味しくなかったら捨てられる。
作った人には申し訳ないけど。
家族が嬉しそうに見つめている間、私はずっと失礼でネガティブなことばかり考えていた。

全員に配られたところで、皆、口に入れ始めた。
酷評していたのに、躊躇なく、喜んで食べているのは、不思議しかなかった。
私も流れに身を任せ、意を決してフォークをさした。
ホイップクリームよりかためで、感触の違いに驚く。

一応臭いを確認して、甘い臭いにケーキっぽさを感じて少しだけ安心した。
口の中のバタークリームケーキは、じっくりと溶けていった。
あんずのジャムが酸味を連れてくるが、すぐにクリームの甘みとコクの海に流されて、喉の奥へと消えていった。

美味しいと母がにこやかになる。
昔より美味しくなったと父が感動すると、祖父母は気に入ったように黙々とフォークをさしていた。

バタークリームケーキがみんなの中で眠っていた昔の思い出を起こしたのかもしれない。
両親も祖父母も自分達のクリスマスの思い出を、これまで以上に語っていた。

貧乏大会のようになったり、母は祖父母にあの頃の怒りを面白おかしくぶつけている。
私は、両親の懐かしの記憶の中で、バタークリームを咀嚼する。
非常に美味しい。
記憶にないノスタルジックな思い出の味として、記憶に焼き付けられた気がした。

来年のクリスマスケーキもバタークリームケーキなら、その時は私もノスタルジーな思い出として、今日のことを語りつげれる。
そんな自信がわいてきた。

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