ショートストーリー たたききゅうり

暑くて暑くて、指一本動かしたくない。
食欲もない。
だけど、台所からバンバンと叩きつける音を聞くと、少し食べてみようかという気になる。

立っているだけ、座っているだけで、暑いなか、毎日調理をしていると、徐々に食欲なんて無くなっていくのは自然なこと。
去年もそうだったように、今年も夏が厳しくなる前に私は、早々に夏という季節に白旗をあげた。

畳の跡が頬にべったりとつくのもお構いなしに、一時間も前から居間でグッタリと横たわっていた。
こんなに暑いのに、日曜大工に勤しむ夫が私を見つけて、大丈夫かと優しい声をかけてくれても、ただ首を振るだけに留まる。

夫は、困った顔を隠すこともせず、額から滴る汗を拭うと軍手を外し、被っていた麦わら帽子を私の側に置き去りにして台所へ消えた。
ほどなくして、力強く何かを叩きつける音がした。
それは夫が唯一覚えている得意料理で、去年も一昨年も毎日作った料理。
庭になっているきゅうりを毎日叩き、醤油やごま油で味付ける。

みずみずしく冷たいきゅうりが濃いめ味付けと相まって、食をうけつけない身体にも対応する。
ご飯も何もいらない。
ただ、夫の作ったきゅうりをバリバリと音を立てて食べると、不思議と元気になる。
もう少しだけと、上げた白旗を取り消せるのだ。

沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。