ショートストーリー 粉ふき芋

外食では滅多にお目にかかれない。
理想の味なら、なおさら。

仕方がないので、自分で作ってみた。
雰囲気を出すため、弁当にして。
普段は、会社の食堂を利用する僕が、弁当を持ってきたので、同僚達は興味津々だった。
何も考えずに作ったので、やたらぎっしり入っている粉ふき芋。

それを同僚達は、指差して笑う。
僕も詰めているときは必死だったが、冷静になってみたら可笑しかった。
腹に入れば良いから。
と笑いながら弁当をつつく。

同僚の一人が、ぎちぎちの粉ふきを少し食べてみたいと言う。
まあ、いいだろう。
味には自信がある。と付け加えて同僚にあげた。

同僚は、にこやかな顔して一口頬張った。
だが次の瞬間、表現しにくい顔になった。
他の同僚に、美味いか?
と聞かれても首を傾げる。

僕は、それが面白くてプッと吹き出した。
優しい同僚は、僕の目の前で不味いと言えなかったのだろう。
この粉ふき芋は、不味いとまではいかないが、美味くはない。
しょっぱくも甘くもなく、どちらの味もする。
絶妙な加減で、微妙な味なのだ。

笑った僕に同僚は、騙されたと思ったらしい。
味に自信があると言ったのは、嘘をついたのかと抗議してきた。
その様子に、怖いものみたさで興味が湧いた他の同僚も味見する。
ぎっしり入っていた粉ふき芋は、みるみるうちに減っていく。
一口食べた皆、なんとも言えない同じような顔をする。

僕は、皆に自信満々に言ってやる。
美味しいものを作るのは簡単だけど、この味を再現するのには苦労したと。
よって、意図的に作った形容し難い美味しくない味は、自信作であることを教えた。

皆、意味が分からないという表情だ。
美味しいものを作れるなら、最初から作れともいわれた。
しかし、弁当に入った粉ふき芋はこれで成功なのだ。
受験の時、母が作った弁当の粉ふき芋が、甘くもしょっぱくもない味だったから。

その日の母が、やたら落ち込んでいたことも。
そして、母が自分の作った粉ふき芋のせいで、落ちると思い込んでいたことも。
この形容し難い美味しくない味には、詰まっている。
いわゆる思い出の味なのだ。

今日の午後は、大事な会議。
失敗したら、美味しくない粉ふき芋のせいだ。
僕は、沢山入った粉ふき芋を平らげた。

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