ショートストーリー たけのこの辛子漬け

サクサクの歯ごたえの隣を、ツンとする刺激がロケットみたいな速度で鼻の駆け上がる。
涙目になりながら、ご飯をかきこんで一息ついた。
落ち着いてからもう一度手を伸ばすも、瓶詰めにしていたたけのこは、欠片一つ残っていない。
春の終わりが、急激に寂しく感じた。

二週間たってもなくならないたけのこの辛子漬けがうちにはある。
母親の気遣いと作り過ぎに苦笑いした。
一人暮らしも、もう十年近いというのに母は時たま季節の野菜を送ってくる。
冬は、おでんになった大根と大量のみかんだった。
秋は、さつまいものフルコースと柿。
夏は、軒並み漬物にされたきゅうりやなすの夏野菜。

巡り巡って今年の春。たけのこの辛子漬けが二瓶。
漬けこまれすぎて辛み染み込んだたけのこに、いちいち泣きながら食べている。
昨日の電話で、母にそう言えば茶目っ気たっぷりな声で、作り過ぎたと声を弾ませていた。
母が戯けるときは本心を隠す時。

その冗談じみた声色で、一人息子を心配してくれていることが理解できてしまった。
母の分かりやすい嘘に、騙されたフリをして僕は通話をきった。
母は何も言わないが、母の中では、ずっと幼い息子のままなのだろう。
自分にとって母が母であるのと同じように。

そう思うと、母の優しさが染みるというもの。
辛子の刺激が鼻をつつくみたいに、ジワジワと涙が溜まってくる。
辛味が口から鼻に到達するのは、一人暮らしを始めた年月くらいあっという間だというのに。
殻になった瓶に目をやる。
今年の春も早くも終わってしまったと、ため息が溢れた。

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