百物語 第四夜

私は就職するとすぐに縁もゆかりもない田舎の営業所へと配属された。

今とは違い携帯電話やインターネットがあったわけではなく、心細い日々をすごしていたのを今でも覚えている。

赴任中の私の孤独を紛らわしてくれていた唯一の楽しみは——これは誰に話しても共感はおろか笑われしまうのだが――、仕事帰り、帰宅する道中にある自動販売機だった。

街灯もまばらな薄暗い帰り道にそのジュースの自動販売機はあった。

この自動販売機は——いまでもあるのだろうか——、普通のジュースと比べて半額で、パッケージに「?」とかかれたパッケージのジュースがある。それはランダムにジュースが出る、という子供だましのようなものだったが、私にとっては大切な仕事終わりの楽しみとなっていた。

出てくるものといえばマイナーなメーカーの有名なジュースのパクリのようなもの、オリジナルのもので味から判断するしかないが在庫がかさばってると思われるものがほとんどだった。当時の私が当たりと思い、それが出れば大喜びしていたのは、いま考えるとおかしな話だが見たことのないジュースが出ることだ。おみくじの大吉のように初めて味わうジュースをありがたがって、次の日の仕事も頑張れそうと感じていた。

その夜は梅雨だった。

数日間ずっと雨が降っていたと思う。革靴の中に雨水がしみ込み、シャツは肌にまとわりつき、不快な夜だった。自動販売機に着くといつもより苛ついて「?」を押したと思う。

出てきたのは初めて見るパッケージだった。私は梅雨の不快さを忘れた。

味は今でも忘れられない。それは微炭酸で飲むとあとににがいものが残る酷いものだ。生ゴミような臭いもした。そんなジュースだった。

私はすぐに飲んだジュースを吐き出したが、胃が受け付けられなかったのだろう嘔吐し、その場で倒れこんだ。

意識が戻ると病院のベッドの上だった。

医者からは生活環境の変化によるストレス、つまりホームシックのようなもので、疲労が蓄積しそれによって倒れたのではないか、と言われた。仕事は一週間ほど休むことになった。

私が倒れたことが原因なのかはわからないが、楽しみにしていた自動販売機は有名メーカーのものとなっていた。私が倒れる前に飲んだジュースを再び出してメーカーに苦情を入れようとしていた私の目論みはかなわなくなった。

現在、ネットでいくら探してもあの時飲んだジュースは見つからない。

名前は覚えていない。350ml缶で、闇夜の中では濃い紫色をしていたと思う。デフォルメされた象がウィンクしているものがそこに描かれてた。

もしなにか知っている人がいるならば教えてほしい。

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