百物語 第五十五夜
上の娘がまだ二歳だった頃、家のあちこちに「お化けがいる」と言い出したことがあった。
居間のドアのガラス部分には「お顔お化けちゃん」、部屋のそこここをうろちょろする「ねこちゃんお化けちゃん」、そして廊下には「目玉お化け」。
小さい子ども特有の微笑ましい想像の産物だろうと思っていたが、それなりに怯えて廊下を嫌がったりするので、このままでは完成しかけていたトイレトレーニングが頓挫するのではないか、と私の方が恐ろしくなった。
大体「ねこちゃんお化けちゃん」なんて可愛いらしいものが、本当にうちに居たとすれば、私など喜んでしまいそうなものだが、そう言ってみても娘は首を横にふるばかりだった。
「お化けなんだから、怖いのよ」と。
一番よく目にするのは、「お顔お化けちゃん」らしかった。娘が余りにも居間のドアのガラスを怖がるので、私も何度か確認してみたのだが、何の模様もないただのすりガラスがあるだけで、私にはさっぱりわからなかった。
「ガラスのところに飾りをつけてあげたらどうだろう? お顔お化けちゃんもきっと寂しいんだよ」
私は娘に提案した。
娘は意外にもすんなりそれを受け入れ、その日のうちに折り紙やシールでいくつかの飾りを、ガラスの周りに貼り付けた。
娘によると「お顔お化けちゃんは喜んでいる」らしかった。私はその反応に少し笑いそうになった。
結局は見たいものを見たいように見るだけなのだ。これで怖くなくなったから、明日からは何もないだろう、と。
ところが、「お顔お化けちゃん」はなかなか終わらなかった。
飾りをつけたことで、逆に定期的に模様替えを要求してくるらしく、娘は三日に一度は飾りを変えていた。そのときに気づいたが、お顔お化けちゃんはお顔だけあって語りかけてくるらしかった。お化けのわりにネガティブな会話は少ないようで、意外にも気さくな性格なところは好感が持てたが、二歳の作り出す人格では実際そんなものだろう。
一方、娘が最も恐ろしがったのは「目玉お化け」だった。こちらは呼び捨てなあたりからも想像出来るように、本当に嫌いらしかった。
曰く「廊下の暗いところから、目玉だけのそれが、気づくとこちらをじっと見ている」という。
本当におそろしがっていて、泣きながら自室から飛び出してきたことが何度かあった。
これも例によっていくら「目玉お化けがいる!」と言われても、私には何もわからなかった。
ある時から、娘が以前は頻繁に話していたお化けの話を全くしなくなったことが気になり、「お化けちゃん達はどこへ行ったの?」と聞いた。
「ねこちゃんお化けちゃんはね、二階の窓のところからすぅーってお空に飛んでいったよ」と答え、その後は四年経つものの、それ以降お化けの話をしたことはない。
ところで、下の娘が三歳の誕生日を間近に控えた最近、「まま、げんかんのところにお化けがいるよ」と教えてくれた。
それは可愛い猫の姿をしており、よく鳴いて餌のおねだりの芸当までするそうだが、やはりお化けなのだそうだ。
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