百物語 第三十七夜

昔から、よく見る顔がある。

男である。いつも黒いコートに黒いズボンという出で立ちで、顔だけが異様に白い。目つきは悪く、顔つきは陰鬱で、あまり機嫌が良さそうには見えない。というかたぶん悪いのだと思う。

よく見る、と言ったが、実際に男の姿を見たことはない。

男はいつも、写真にうつっている。



初めてそれに気づいたのは、中学一年の夏、母に言われてアルバムの整理を手伝っていたときのことだった。

段ボールいっぱいに詰まった写真の山を見て、最初はうんざりしたものだったが、年度ごとにまとめてあったということもあり、思っていたより作業はスムーズに進んでいた。

俺が手を止めたのは、そんなさなかだった。

「あ、またこのひとだ」

一枚の写真を拾い上げ、俺は言った。家族で海に遊びに行った際、並んで撮った写真だった。

水着や半そで短パンの人たちが大勢うつっている中で、黒いコートを着込んだ男はひどく目立っていた。

変なやつだなぁ。

ついさっき、幼少時に撮った初詣の写真を見たときも、綺麗に着飾った参拝客の中に黒ずくめの男がいて、同じ感想を抱いたばかりだった。

アルバムをめくって見返してみる。間違いなくそいつだった。

そして注意して探してみると、黒ずくめの男の姿は他の写真にもうつり込んでいた。どうして今まで気づかなかったのか、不思議に思うくらいだった。

「このひと、親戚の誰か?」

あまりに何枚もうつっているので、そう尋ねてみた。

「………知らない」

ろくに見もせずに、母はすぐ作業に戻ってしまった。


その後、母が片付けたアルバムをもう一度引っ張り出して、男のうつっている写真だけを抜き出して集めてみた。

全部で二十三枚あった。

俺たち家族から遠く離れた場所で、男は毎回変わらず不機嫌そうな顔をして、確かにそこにいるのだった。



三年が経って、俺は高校生になっていた。

思春期のまっただなかにあって、家族全員で出かける機会もぐんと減り、写真も昔ほどたくさん撮ることはなくなった。

それでも、年に一度の家族旅行の写真に、法事で祖父母のいる田舎に行ったときの写真に、遊びに来たいとこを連れて、テーマパークに行ったときの写真に。

男の姿は、遠く、そのくせはっきりとうつり込んでいた。

中一以来、俺は男のうつった写真を集めるようになっていた。レアカードを収集するときの感覚に少し似ていた。

そうやって地味に集め続けた結果、もうそろそろ三十枚に届こうという段階まできていた。


「あ、これにもうつってる」

先月、地元の祭りに家族全員で参加した際、カメラ好きのじいさんに写真を撮られたのだが、親切にもそれを現像してうちまで届けてくれたらしい。

なんとはなくぺらぺらめくっていた中に、男の姿がうつっているものがあった。

「母さん、これもらっていい?」

いつもはいちいち尋ねたりしないのだが、祭りの写真を見ているうちに、そのときのことを思い出して気分が少し高揚していた。要するに、俺は機嫌が良かった。

「あんた、まだそんなもの…」

「なんの写真だ?」

渋い顔をしている母の横から、父がひょいっと写真を覗き込んできた。

そしてすぐさま血相を変えた。

「…お前、これをどうするんだ」

せっかくの良い気分に水を差された気がして、俺はムッとした。

「別に、ちょっと集めてるだけ。関係ないだろ」

「他にも持っているのか?」

「あるけど…」

そう答えた瞬間、思い切り頬を張られていた。

何が起こったのか理解できず、目を白黒させている俺に向かって、父は大声で怒鳴った。

「今すぐ全部持ってこい! 二度とこんな真似するな!!」


結局、集めた写真はすべて取り上げられてしまった。

悔しくて半泣きになりながら自室で物に当たりまくった後、ふと思い立って、俺は押入れから段ボールを引っ張り出した。要らないものをなんでもかんでも放り込んでいる箱だ。

数こそあまりないが、俺も写真は持っていた。家族全員で撮った写真も何枚かはあるはずだ。もしかしたらその中に、男がうつり込んでいるものもあるかもしれない。


自分でも、何故そこまで男の写真に執着していたのかはわからない。

そのときばかりは、父への反抗も手伝っていたのだと思う。

とにかく写真をそこかしこに広げてみた。

修学旅行や文化祭など学校行事のものが半分、あとの半分は友達と遊びに出かけたときのものか、家族で撮ったものだった。

それほど持っていないと思っていたが、写真は全部で百枚ほどあった。


男は、すぐに見つかった。

そして俺は後悔した。

写真の中で、男は笑っていた。裂けそうなほどに大きく口を開けて、目をにやにやと歪ませ、俺のすぐ後ろに立って。

約百枚のうち、十八枚。

どれも家族写真ではなかった。

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