化け物たれ

別格の能力を持つ者への誉め言葉として「人間じゃない」「化け物」といった言葉が使われることがある。今やほぼすべての語彙を内包する「ヤバい」と同系統の強調の意味で使われているがこういった「自分と同じ存在であることを否定することによって間接的に相手のステージの高さ、格の違いを強調する」タイプの言葉の使い方はあまり好きになれない。単に相手もまた人間であり、そこに多少の能力や才能の差があれど活躍の舞台が違うだけであり試行錯誤しながら生きているという現実は揺らがないからだ。

多少常人離れした何かを持っているだけで生きている人間であるというごくごく当たり前の事すら軽視されるようではいけない。大谷翔平や藤井聡太は出してる結果が途方もなさ過ぎるがあまりよく野球星人・将棋星人と揶揄されているが、決して最初からあの規格外の能力を持っていたわけではない。結果に至るまでには想像を絶する努力があり、その過程で自身の心と戦うことになったことも幾度となくあったはずだ。その過程は確実に存在するしその過程の否定は現実逃避でしかない。

才能や環境は上に登って初めて通用する話。結局最初のスタートダッシュをかけるものに過ぎず、出遅れたなら急いで取り返しに行くだけ。一位にはなれないかもしれないが一位集団に追いつくぐらいなら何とでもなる。
「化け物」と切り分けて考えるよりも何が化け物たらしめているのか、至る為に必要なものは何なのかを考えてみると面白いかもしれない。


血肉とします