クライマーズ・ハイ 2023/08/16

作者自身が、元新聞記者だそうだ。
とにかく、文章に惚れてしまう。簡潔さと重厚さが同居していて、とにかくカッコイイ。
描かれるのは、あの、日航機事故が起きた日から数日間のある新聞社での物語だ。
あの日、私は普通に生きていた。飛行機とは無関係だった。でも、遠く離れた場所で暮らしていても、テレビも新聞も事故のことばかりといっていいほどそのニュースであふれていた。それだけ報道は大きな渦のようなものを生んでおり、そして傍にいた私もそれをずっと見つめていたのだ。
渦の中はどのようなものだったろう。

主人公は、仕事も家庭もうまくいっているとは言えず、決して格好よくはない。
それでも読ませるのは、大きな事故が起こった時の、新聞社の息遣いみたいなものが伝わってくるから。そして最初は格好悪かった主人公の記者魂みたいなものに徐々に触れていくにつれ、読者は主人公悠木と、悠木を取り巻く人たちの魅力に気づいていくのだ。

1985年におきた日航機の墜落事故で、悠木は全権デスクに任命される。
本書では、事故当時の出来事と、現在の出来事が交差して語られるが、現在の出来事は容量にすればほんの少しだ。
文庫本で463ページと、そこそこ厚みがあるが、物語の中で過ぎていく日は過去と未来の往復を除けば、一週間ほどの間のことだ。
特に、事故発生直後は、これだけいろいろなことがあったにもかかわらず、まだ一日しか経っていないのかと、驚くばかりだ。
それだけ、記者、デスク、整理部、販売部にいたるまで多くの人間が、今日という一日の出来事を、精一杯紙面に力を注ぎこんで、新聞というものを生み出しているのだ。
読者は、その一日の濃厚さにまずため息をつくだろう。
特に、現場で新聞を無料配布するところはよかった。
知りたい、伝える。そんな報道の原点とは何かについて考えさせれらた。

繰り返しにはなるが、悠木の人生は決してうまくいっていない。
数年前の部下の死。
中学生の息子との不和。
社内の権力闘争。
地方紙としての葛藤。
すべてを忘れる瞬間を持つために、山に登るが、それも山に登っている間だけだ。クライマーズ・ハイには程遠く、また同僚の安西に100%心を許せているかというとそうではない。
その安西と衝立岩に行く約束をしていた前日に、日航機事故が起こり、そして安西は倒れた。
全権デスクに任命された後も、うまくいかないことばかりで、それはまるで衝立岩にしがみついて、先が見えない状態のようだ。
しかし、最後は、まるで景色がぱっと開ける瞬間を予感させるように結実していくさまがとてもいい。
すべてうまくいかなくても、きっと道は開ける。
誰にでも、そんな一週間があるのかもしれない。

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