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芥川龍之介の『少年』をどう読むか②「道の上の秘密」


 僕の母は狂人だった……。そんキャッチーな言葉で始めれば、「保吉もの」も少しは真剣に読んでくれただろうか。

 僕の母は狂人だった……キャッチーな言葉で始まった『点鬼簿』が『歯車』に自叙伝として現れ、吉田精一とかいう、まあ現代で言えば柄谷行人程度のおっちょこちょいによって「保吉もの」が身辺雑貨的私小説として貶められたことによって、「保吉もの」はまるで原稿料稼ぎの余技のような、真面目な評論の対象とはならないような扱いを受けて来たのではなかろうか。

 誰かのずさんな読みで作品は簡単に涛される。その誰かが門外漢か阿保であるかには関係ない。有名人であれば誰でも、そういうことが出来る。再評価の試みは並大抵のことではない。なんなら和歌山カレー事件の被疑者は冤罪だろう。しかし死刑判定は覆ることは無いだろう。だから吉田精一の罪は深い。私は吉田精一が莫迦であるとは思わない。柄谷行人も馬鹿ではなかろう。しかしそうした一見知的な人たちが何故か近代文学を前にすると見事にアホになる。一部分を切り取ると見事にアホなのだ。

 保吉の四歳の時である。彼は鶴と云う女中と一しょに大溝の往来へ通りかかった。黒ぐろと湛えた大溝の向うは後に両国の停車場になった、名高い御竹倉ぐらの竹藪である。本所七不思議の一つに当る狸の莫迦囃子と云うものはこの藪の中から聞えるらしい。少くとも保吉は誰に聞いたのか、狸の莫迦囃子の聞えるのは勿論、おいてき堀や片葉の葭も御竹倉にあるものと確信していた。が、今はこの気味の悪い藪も狸などはどこかへ逐い払ったように、日の光の澄んだ風の中に黄ばんだ竹の秀をそよがせている。

(芥川龍之介『少年』)

 この第二章「道の上の秘密」の書き出しは、第一章で「そんなことはどうでも好いい」とされた枕に連なる。

「本所深川はまだ灰の山ですな。」
「へええ、そうですかねえ。時に吉原はどうしたんでしょう?」
「吉原はどうしましたか、――浅草にはこの頃お姫様の婬売が出ると云うことですな。」

(芥川龍之介『少年』)

 両国は本所と深川の間にある。これは、『あばばばば』において、関東大震災による津波で壊滅的被害を受けた鎌倉の在りし日が描かれたこと、その設定を度々洪水被害を受けていた阿蘭陀の風俗画が象徴していることに気が付かなかった読者の為に、もう少し俗な、分かりやすい丁寧な枕を置いたと見るべきなのだろう。

「坊ちゃん、これを御存知ですか?」
 つうや(保吉は彼女をこう呼んでいた)は彼を顧みながら、人通りの少い道の上を指さした。土埃の乾いた道の上にはかなり太い線が一すじ、薄と向うへ走っている。保吉は前にも道の上にこう云う線を見たような気がした。しかし今もその時のように何かと云うことはわからなかった。
「何でしょう? 坊ちゃん、考えて御覧なさい。」
 これはつうやの常套手段である。彼女は何を尋ねても、素直に教えたと云うことはない。必ず一度は厳格に「考えて御覧なさい」を繰り返すのである。

(芥川龍之介『少年』)

 しかし解りやすさは読者の興味を削ぐ。芥川は読者の興味を引き付けるために「秘密」といい「考えて御覧なさい」という。「道の上の秘密」とは何か。つうやは考えろという。この言葉は読者にも向けられている。
 迂闊なキリスト教徒ならすかさず「かなり太い線が一すじ」とあるのを捉えて、ヴィア・ドロローサだ、イエス・キリストが十字架を背負って歩いた苦難の道だ、これは芥川のパッションの暗示だ、とでも考えるのであろうか。ここは芥川が意地の悪いところを出している。

「ほら、こっちにももう一つあるでしょう? ねえ、坊ちゃん、考えて御覧なさい。このすじは一体何でしょう?」
 つうやは前のように道の上を指ゆびさした。なるほど同じくらい太い線が三尺ばかりの距離を置いたまま、土埃の道を走っている。保吉は厳粛に考えて見た後、とうとうその答を発明した。
「どこかの子がつけたんだろう、棒か何か持って来て?」
「それでも二本並んでいるでしょう?」
「だって二人でつけりゃ二本になるもの。」
 つうやはにやにや笑いながら、「いいえ」と云う代りに首を振った。保吉は勿論不平だった。しかし彼女は全知である。云わば Delphi の巫女である。道の上の秘密もとうの昔に看破しているのに違いない。

(芥川龍之介『少年』)

 二本目の線を後出しにしてくる。最初から二本の線を指し示せばいいものを、順に出してくる。そして保吉が赤ニシンを使う。そういう道筋で考えてしまうと答えは見つからないよという方向に読者を誘導する。この線は誰かが何らかの意図をもってわざわざ引いたものだという前提を置いて、そこから先を考えさせようとしている。しかもイエス・キリストの苦難の道を思い浮かべたかもしれない読者をからかうようにわざわざつうやを「Delphi の巫女」、キリスト教の現れる前の古代ギリシャの神に仕えるものにしてしまう。つうやはフランス人の宣教師と対になる。自然、神託めいた深遠な道の上の秘密が説かれることが期待される。

「じゃ何さ、このすじは?」
「何でしょう? ほら、ずっと向うまで同じように二すじ並んでいるでしょう?」
 実際つうやの云う通り、一すじの線のうねっている時には、向うに横たわったもう一すじの線もちゃんと同じようにうねっている。のみならずこの二すじの線は薄白い道のつづいた向うへ、永遠そのもののように通じている。これは一体何のために誰のつけた印であろう? 保吉は幻燈の中に映る蒙古の大沙漠を思い出した。二すじの線はその大沙漠にもやはり細ぼそとつづいている。………

(芥川龍之介『少年』)

 しかし恐らく芥川はここではもう種明かしをしている。種明かしをしているものの、保吉にはまだ気づかせない。また「逆」をやるつもりだ。

 ……彼女はやっとおごそかに道の上の秘密を説明した。
「これは車の輪の跡です。」
 これは車の輪の跡です! 保吉は呆気にとられたまま、土埃の中に断続した二すじの線を見まもった。同時に大沙漠の空想などは蜃気楼のように消滅した。今はただ泥だらけの荷車が一台、寂しい彼の心の中におのずから車輪をまわしている。……
 保吉は未だにこの時受けた、大きい教訓を服膺している。三十年来考えて見ても、何一つ碌にわからないのはむしろ一生の幸福かも知れない。

(芥川龍之介『少年』)

 服膺とは心に留めて忘れないことだ。なんだ「轍か」と恐らく気が付いていた読者の「逆」をやる。これは村上春樹さんの『クリーム』、あるいは芥川龍之介の名作『トロッコ』の意匠ではないか。泥だらけの荷車など眼前にはない。なんだ「轍か」と気が付いていた読者は、自分が何一つ碌にわからない人間であったことを思い知らされたはずだ。それのみか、自分は何か服膺してきただろうかと問い直さずにはいられないだろう。

 若い日、私はたまたま見上げた巨大なクレーンのその圧倒的な大きさと力に圧倒されたことがある。しかしそんなことはすぐに忘れてしまう。いつの間にか自分が巨大なクレーンにでもなったかのように振舞うことさえある。しかし所詮自分は機関車ではなくトロッコに過ぎない。その轍の幅は同じでも高級自動車ではなく泥だらけの荷車に過ぎないのだ。

 なんだ「轍か」と読者にこっそり先に気づかせた芥川は、なんだ「轍か」と解ったつもりにならないhappy fewを求め続けていた。三島由紀夫も、村上春樹も。

またソクラテスの友人はデルポイで「ソクラテスより賢い人間はいない」という神託を籤で得てその哲学的探求を促した。この神託に疑問を持ったソクラテスは、当時知者とされた人々を訪ねて回った。その結果、「知っていると思っている」人ばかりがいることを見出し、真の知者はいないが「知らないと思っている」(無知の知)という点でわずかに自らがそれらの人々より賢いと思うに到ったと、プラトンの『ソクラテスの弁明』などの古代の証言は伝えている。

(ウイキペディア「デルポイ」より)

 何一つ碌にわからないのは芥川ばかりではないが、分かったつもりの人のいかに多いことか。そして私の本を買う人のいかに少ないことか。それで近代文学を分かろうとするなんて、到底無理だと気が付かないだろうか。
 吉田粗一なんか読んでも無駄だ。
 


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