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芥川龍之介の『点心』をどう読むか⑤ 少しはあれも必要だ
嘲魔
一かどの英霊を持つた人々の中には、二つの自己が住む事がある。一つは常に活動的な、情熱のある自己である。他の一つは冷酷な、観察的な自己である。この二つの自己を有する人々は、ややもすると創作力の代りに、唯賢明な批評力を獲得するだけに止まり易い。M. de la Rochefoucauld はこれである。が、モリエエルはさうではない。彼はこの二つの自己の分裂を感じない人間であつた。不思議にもこの二つの自己を同時に生きる人間であつた。彼が古今に独歩する所以は、かう云ふ壮厳な矛盾の中にある。Sainte-Beuve のモリエエル論を読んでゐたら、こんな事を書いた一節があつた。私も私自身の中うちに、冷酷な自己の住む事を感ずる。この嘲魔を却ける事は、私の顔が変へられないやうに、私自身には如何とも出来ぬ。もし年をとると共に、嘲魔のみが力を加へれば、私も亦メリメエのやうに、「私の友人のなにがしがかう云ふ話をして聞かせた」なぞと、書き始める事にも倦みさうである。殊に虚無の遺伝がある東洋人の私には容易かも知れぬ。L'Avare やÉcole des Femmesを書いたモリエエルは、比類の少い幸福者である。
が、奸妻に悩まされ、病肺に苦しまされ、作者と俳優と劇場監督と三役の繁務に追はれながら、しかも猶この嘲魔の毒手に、陥らなかつたモリエエルは、愈羨望に価すべき比類の少い幸福者である。(一月十四日)
この話の面白いところは、「夏雄の事」で「香取秀真氏の話によると」としてまさに「私の友人のなにがしがかう云ふ話をして聞かせた」式の話を入れているところではなかろう。むしろ「もし年をとると共に、嘲魔のみが力を加へれば」と書きながら、二年後には正岡子規に喧嘩を売る『芭蕉雑記』を書くところにあるのではなかろうか。『芭蕉雑記』には冷酷な、観察的なところがないとは言えない。いや、ある。
ともかくも「嘲魔」本筋としてはモリエールが創作力の衰えることなく作者と俳優と劇場監督と三役をこなし、単なる「批評家」にならなかったことを褒めているようである。アマゾンでもまず「批評家になるな」と言われるそうだ。落合陽一も同じことを書いている。要するに自分で何物も創造せず他人にケチをつけるだけの「単なる批評家」というものが嫌われ、否定されているということなのだろう。私も「単なる批評家」というものは詰まらないと思っている。そこで芥川を批評する前にまず徹底的に「読む」ということを続けている。夏目漱石に関しては全集の注まで校正している。
村上春樹作品に関しても勝手に校正している。
本当にごくシンプルに「グラス・ホッパー」や「ヴィシ・ソワーズ」は間違いだからだ。「メリルリンチ」か「メリル・リンチ」かは統一すべきだ。そういう批評性というものは読むという行為の基礎になる。
ところで佐藤春夫は同じような主題をまた別の切り口で捉えている。
すぐれた詩人といふものを見るに、同時に鋭い批評家であり、俊敏なジャーナリスト(時務を知る人)を兼ねてゐる。これを詩的才能の三位一体とでも言はうか。シャール・ボードレール、エドガァ・ポオなどの如くにである。いや古今東西の傑出した詩人がみなそれかも知れない。
わが国でも古は紀貫之、近くは先師与謝野寛や石川啄木などもそれであらう。この同じやうな頭脳にも多少組み合せの相違や質の高下はもとよりある。この種の詩人のうちわが国での最高最大のものを、わたくしは日本詩歌中興の祖たるわれらの芭蕉に見る。
彼はその鋭い批評眼によつて、古来のわが文芸から、その伝統とすべきものと、摂取すべき海外(といふのはこの際むろん中国)の文学とを択び取つた。さうしてジャーナリスト芭蕉は時の動向と要求とに鑑みて蕉風を樹立したのである。彼一個のなかに詩人、批評家、ジャーナリストの三人がゐたと見るのは、さもなければ彼の文学的事業の成立は理解しにくいからである。
これは芥川の死後に書かれたものでありながら、どういうわけか芥川の『点心』にぶつけられた感じが全くしない。それでいてやはり「嘲魔」と同じテーマを芭蕉に見ていて、芥川とはまた別の見解を示している。そして結論としてはむしろ詩的才能の三位一体を理想として批評を排していない。では芥川とは無交渉の話かと思えば、この直後の行に芥川が出てきて、
芥川龍之介は一日、わたくしに囁いて曰く
「芭蕉といふおやぢは会つてみたら案外アクの強い藤村みたいないやな男(彼は大の藤村ぎらひであつたから)であつたかも知れないよ」
その時わたくしは何と答へたやらは忘れたが、彼の言ふところがわからないでもない気がした。彼もまたかの翁のなかに鋭い批評家や隼のやうな眼を持つたジャーナリストを見つけてあんなことを言つたのかも知れない。
それでも彼の言葉は偶像破壊的な言ひ方であつたが、わたくしには毫も偶像破壊の意思はない。芭蕉に血の通つた人間を見ながら、そのなかにこの三位一体の才能の最も良質で最も調和を得たものを見る者である。つまり要領のいい稀代の大才人と言つてもよいのかも知れない。なるほど藤村に似たところもある。
これはやたらと芭蕉をもち上げていた『芭蕉雑記』の内容に反して、芭蕉は嘲魔が勝ち過ぎてはいまいかと芥川が本音で批評してしまっているところではなかろうか。
それにしても『芭蕉雑記』の冒頭で芥川が「芭蕉は一巻の書も著はしたことはない」とわざわざ断っているのに対して、佐藤春夫は「ジャーナリスト芭蕉」と如何にも遠慮がない。なんなら『東方の人』いや『西方の人』も無視している形になる。
佐藤春夫は芥川の書いたものを読まなかったのだろうか?
そう思えるほど佐藤春夫は芥川の『点心』と『芭蕉雑記』を無視しているていで『管見芭蕉翁』を書いている。
堀辰雄など芥川に親しい人ほど、「(彼がいかに日本の言葉の美しさを愛し、且理解してゐたかを調べるには彼の「芭蕉雜記」を見ればよい。)」(『芥川龍之介論 ――藝術家としての彼を論ず――』)などと目が眩んでしまっているのを見るにつけ、私は「嘲魔」とは言わないが、批判性も恐れずに丁寧に読む姿勢というものこそ大事なのではないかと思う。
万葉歌を間違え、『古今和歌集』にも『源氏物語』にも気が付かず、付いていない句を付いたと書かれて、それを指摘しないような堀辰雄は『芭蕉雑記』を読んだとは言えないと思うのだ。(この理屈だと室生犀星もそこは解っていなかった様子なので、いってみれば皆悉く芥川作品が読めていないという、根本の問題に行き当たる。この問題には繰り返し述べているように、これから誰かが、——それは必ずしも私でなくても構わない。何故なら一応芥川まではやり切るつもりではあるものの、まだまだ読み落としはあるかもしれないし、誰かがやるべきなのだ—— 丁寧に読む、そこにしか出口はないと思う。
佐藤春夫も堀辰雄も室生犀星も飯田蛇笏も解っていなかったんだから、そこはいいじゃないとはならない。
今この記事を読んでいる名もなきあなたこそが正しく読めばいい。この原理原則は何があっても変わらない。他人が間違えているのかどうかはどうでもいい。あなたがどう読むかだ。そうでなければあなたがこの世に存在している意味などない。
三島由紀夫はコペルニクスをコペルニスクと書いて死んだ。その間違いは2004年の『決定版三島由紀夫全集』でしれっと直された。間違いだからだ。あの三島由紀夫作品を名もなき新潮社の編集者がしれっと直したのだ。これが正義でなくて何であろうか。「雪白姫」は直されない。当時は「雪白姫」が普通で、そう訳された本が出ていたからだ。
そもそも個人の独創ではないところ、付けるという発想にはかならず批判性というものが必要になる。正しく読むということもある意味批判性がなくてはできないことだ。
嘲魔の毒手も時には必要なのだ。モリエールの実際も私は知らない。ただ芭蕉に関しては、書かれているものを読むと「芭蕉といふおやぢは会つてみたら案外アクの強い藤村みたいないやな男(彼は大の藤村ぎらひであつたから)であつたかも知れないよ」こそが本当ではないかと思う。
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雪ふりや乞食眺めて居る乞食
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[余談]
芭蕉がジャーナリストかどうかは別として、一門を成したことは事実で、夏目漱石同様先生ではあったことは確かだ。『枯野抄』を漱石と重ねてしまう私は、夏目漱石はジャーナリスト? と考えて数秒答えのないまま、ふと幸田露伴のことを思いだした。
尾崎紅葉は一門を成した。芥川の門下生というと余り名前の知られている人はいないが一応いたことはいたし、堀辰雄や太宰治にとっては心の師というところだろうか。
ところで何か調べものをしていて行き詰まるとかなりの確率で顔を出してくる博学の幸田露伴、この死は侘しいものだつた。
幸田露伴の告別式には安倍能成、小宮豊隆、和辻哲郎といった漱石門下のほかには作家らしき人物は川端康成くらいしか見かけなかったらしい。
川端康成がきょろきょろしているさまが思い浮かぶようだ。え? 誰も来てない? と慌てただろう。天皇陛下から生花を下賜されて、漱石門下の安倍能成、小宮豊隆、和辻哲郎だけ参加……。つまり先生でもあった筈なのに、幸田露伴はやはり結果としては一門を成さなかったというべきであろうか。(一応弟子は数人いる。)
少なくとも幸田露伴は芭蕉や漱石とは違うタイプだった。
もっと尊敬されてもいいのに、今ではかなりほったらかしだ。
逆に芭蕉は芥川の見立てに関わらず、案外チャーミングだったのではないか? なんて書くと幸田露伴に悪いか。
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