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「ふーん」の近代文学⑳ 三島由紀夫から見た芥川龍之介① ということは②もあるんだな、きっと

 三島由紀夫が近代文学全体を「ふーん」して古典に遊び、またラディゲなどの外国文学の影響を受け続けた作家であり、晩年においてもまだ翻訳の揃わないジョルジュ・バタイユに心酔するなど、ちょっと賺した作家であることは広く知られてゐよう。

 それは村上春樹がやはり肌にべっとりとまとわりつくような日本文学というものを嫌い、ペーパーバックを読み漁り、最初の小説も英語で書き始めたと宣伝されていることとは少し違う。

 また1970年代の若者がこぞって岩波の赤帯を読んだこととも少し感覚が異なる。おそらく三島由紀夫にとってラディゲやバタイユはペペロンチーヌやビーフステーキのようなもので、本当に肌の合うものだったのだろう。

 その三島由紀夫が捉える芥川龍之介像は驚くほど的確だ。

 しかしあれほど潔癖に作品の小宇宙の完成を心がけた人が、人工の翼が破れて敗北した、と言ふのも私には俗論に思はれる。

(『芥川龍之介について』『決定版 三島由紀夫全集 28巻』新潮社 2004年)

 この「あれほど潔癖に作品の小宇宙の完成を心がけた」というところが三島には本当の意味で理解できるのだと思う。たとえば「芥火」と書くべきところで「焚火の残り」と書いてはだらしないという感覚があるので、三島は印形とか奇聳とかそういう語彙を駆使する。

 この感覚がないと「あれほど潔癖に作品の小宇宙の完成を心がけた」とは言えないように思われる。

 芥川の短篇小説のいくつかは、古典として日本文学に立派に残るものである。かういふ作家の告白作品を重視して、晩年の作品にばかり高い評価を与へるのは、評伝作家の恣意にすぎない。どれがもっとも巧みに作られた物語かを読むべきだ。

(『芥川龍之介について』『決定版 三島由紀夫全集 28巻』新潮社 2004年)

 これが三島かと思うほど当たり前のことをそのまま書いている。巧みに賭けた作家の巧みを評価しないのは、しっとりチャーハンはパラパラしていないと文句を言うようなものだ。

 問題はその次だ。

 私はそこで、「秋山図」や「舞踏会」や、「手巾」を選ぶ。「手巾」は短篇小説の極意である。
 上田秋成のやうな人間の五欲と人間嫌悪の強烈な作家が書いた短編集「雨月物語」は、時代をへだてて、おのれの資質に反して真摯誠実に生きようとした心弱い鬼才の短編集と、文学史上面白い対照をなすであらう。

(『芥川龍之介について』『決定版 三島由紀夫全集 28巻』新潮社 2004年)

 うむ、そう読むか、というところ。『秋山図』はまあ解る。

 『舞踏会』も解らなくはない。


 しかしあの三島由紀夫にしてからが残念ながらやはり『あばばばば』や『奇怪な再会』のしかけ、あるいは『糸女覚え書』の賺しには気が付いていないのではなかろうか。


 芥川の巧みは書かれていないところににも現れる。こそとは言わない。文体もいい。文体の良さは文体の人にはすぐわかる。しかし人の悪い芥川はいつも仕掛ける隙を狙っていた。そこに気が付いてあげないと。

 三島由紀夫にして正保(しょうほう)五年二月十九日に気が付かないとは何とも悲しい。

 気が付いてやろうよ。

 そして驚いてあげようよ。

 もうすぐ河童忌か。



[余談]


 ある夜倉庫のかげで聞いた話
「お月様が出ているね」
「あいつはブリキ製です」
「なにブリキ製だって?」
「ええどうせ旦那、ニッケルメッキですよ」(自分の聞いたのはこれだけ)

(稲垣足穂『ヰタ マキニカリスⅠ』河出書房新社 昭和六十一年)

 三島由紀夫は結構褒め癖があり、この稲垣足穂に対しても唯一の天才のような事を書いている。芥川が献本のお礼に即座に足穂調を駆使したのに対して、三島には案外自分の文体を崩せないようなところ、案外融通の利かないところがあったような気がする。

 その殆ど唯一の例外が『命売ります』で、

ハッキリ
スッキリ
コレっきり

 といったコピーが飛び出す。三島はやはり文体の人で『村上かるた うさぎおいしーフランス人』みたいな崩しものは駄目だったんだろうな。


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