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『さまよえる猶太人』をどう読むか③ 文禄年間のマスストレージシステム?

 夏目漱石の小説には時々物凄く未来感のある文句が飛び出す。「プログラム」という言葉の使い方、「五色の金」のアイデア、そして清子を飛行機に乗せてしまうところなど。

 弟子の芥川もその点では負けていない。『さまよえる猶太人』には、こんな表現が出て來る。

 自分は、数年来この二つの疑問に対して、何等の手がかりをも得ずに、空しく東西の古文書を渉猟していた。が、「さまよえる猶太人」を取扱った文献の数は、非常に多い。自分がそれをことごとく読破すると云う事は、少くとも日本にいる限り、全く不可能な事である。そこで、自分はとうとう、この疑問も結局答えられる事がないのかと云う気になった。所が丁度そう云う絶望に陥りかかった去年の秋の事である。自分は最後の試みとして、両肥及び平戸天草の諸島を遍歴して、古文書の蒐集に従事した結果、偶然手に入れた文禄年間の MSS. 中から、ついに「さまよえる猶太人」に関する伝説を発見する事が出来た。その古文書の鑑定その他に関しては、今ここに叙説している暇がない。ただそれは、当時の天主教徒の一人が伝聞した所を、そのまま当時の口語で書き留めて置いた簡単な覚え書だと云う事を書いてさえ置けば十分である。

(芥川龍之介『さまよえる猶太人』)

 現代のエンジニアなら、なるほど「文禄年間の MSS. 中から」見つけたのか、と何のこだわりもなく読むだろう。MSSをマスストレージシステムと読むと自然に意味が通じる。

 いやいやいや、紙媒体はシステムにはならない。

 これは、manuscripts 原稿、写本のmanuscriptの複数形でMSS.またはmms.と略すのは英語で論文を書く時の作法だ。

 しかし文禄年間の MSS. が無茶というわけではない。一般読者に向けて「毘留善麻利耶」「パアテル・ノステル」「ブラッドワアト」「Allah akubar(神は大いなるかな)」「I・N・R・I」といった言葉を持ち出すことが既にはったりであり、その言葉の意味を読者が知っていようが知っていまいが作品上は一定の効果をもたらすことを芥川は知っていたのだ。

 平野啓一郎は『日蝕』において「『自然学』『生成消滅論』『分析論後書』の注釈の類……」といった本の並ぶある書架を描写した。これは「リスト」と呼ばれるレトリックでそこには作者名と著書の名前があるばかりだが、威圧的な衒学性を表現していた。

ニコラ・フラメル(Nicolas Flamel/1330年頃~1418年)の『象徴寓意の書』(Le Livre desfigures hieroglyphiques)はその実在を疑問視されている本である。1612年にアルノーという人物が書いたフランス語訳を元に、西南学院大学の有田忠郎先生が邦訳している本が出版されているが、ニコラ・フラメル不在説そのものが完全に否定されている訳ではない。有田先生自身、ニコラ・フラメル不在説そのものは否定していない。また翻訳者アルノーという人も謎の人である。カール・マルクスとマルクス・アウレリウスが別人であるならば、開業医にしてスコラ哲学者であるヴィルヌブのアルノー(1311年没)とは別人であろうか。一般常識としては薔薇十字会の設立発起人以外の普通人は三百年後に蘇ることはできない。だがニコラ・フラメル自身が「一七六一年にパリでオペラを観ていた」(『魔術の歴史』/リチャード・キャヴェンディッシュ/栂正行訳/河出書房新社/1997年)と報告されるくらい怪しい人なのであるから、この辺りの時代考証は情報量が増えるに従って次第にぐにゃぐにゃしたものになってしまう。

(村雨春陽『華麗なるアナロギアあるいは平野啓一郎『日蝕』論』)

 と思わず「苦情」を述べたくもなるものだ。芥川の『さまよえる猶太人』にもそういう威圧的なところがある。その中で逆柱的にはめ込まれた「十四世紀後半」の文字はもっと深い意味を持っているのかもしれない。

 逆柱に関しては庄司薫さんがこんな解釈をしていた。要するに完璧なものを作ってしまうと神の怒りを買うと信じて、それが柱を一本逆さまにすれば誤魔化せると考えている程度の人間の愚かさに免じて、神様は罰を与えないのだと。
 しかしこのロジックはぐるぐる回る。

 つまりそうして結局は神を欺くことができると謀るほど人間は狡猾なのであり不遜なのだが、それで謀ったと己惚れるほど人間は愚かなので神様は罰を与えないのだと知りつつ、敢えて逆柱を立てるのだと神様は気が付いてはいるけれど、そんなことを知らない人間が愚かしいと思えばやはり罰を与えない……。

 切りがない。

 しかし「十四世紀後半」と「文禄年間の MSS. 中から」のギャプこそが芥川の意図したものだと考えた時、この硬質な論には届かずとも考察とも見えかねない『さまよえる猶太人』にお話が見えてくる。

 文禄年間とは1592年から1596年の短い期間である。東西の古文書を渉猟していたのに案外狭いところから資料が出て來る。そしてその資料によりキリスト教では「さまよえる猶太人」以外誰も救われないこと、ナザレのイエスはユダヤの王ではあるが救いの御子ではないことにされてしまう。「十四世紀後半」と書いてしまう愚人「自分」によって。

 この「文禄年間の MSS. 中から」は逆柱を生かすための衒学性である。恐らくは英語で論文を書いた経験のない読者相手に「文禄年間の MSS. 中から」と書くのは無茶と言えば無茶なのだが、そんなことを言い出せばもっと本質的な部分で、クリスマスをキリストの誕生日だと信じている程度の人々にキリスト教の根本的な救いのなさをロジックで示すことそのものが無茶なのである。

 小説はいつでも書くことの不可能性と向き合っている。死を禁じられてさまよい続けているのが作家なのだ。キリストの呪いから逃れて芥川は死ぬことができた。




[余談]

 キリストの呪いとは、

「行けと云うなら、行かぬでもないが、その代り、その方はわしの帰るまで、待って居れよ。」

(芥川龍之介『さまよえる猶太人』)

 ……というものだった。つまりこの理屈からも解るように、キリストは戻ってこなかったのである。






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